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2015年11月 3日 (火)

眠りからめざめると、そこはICUだった

目が覚めると、そこはICUだった。
学生の頃暮らしていた6畳のアパートよりも横幅は少し狭いが、奥行きはほぼ同じくらいだ。

蛍光灯がついていて明るすぎず、暗くもない。
その時、なんの言葉も感慨も出てこなかった。

「あっ終わったんだな」
「お、生きてる」
といった類のものだ。

手術が無事に終わり、こうして目覚めることは予めわかっていた。
恐らく、そのためだろう。

目が覚めると、その数秒後に家族が部屋に入ってきた。
実際には看護師が呼びに行って、到着するまでに数分はかかっていると思うのだが、少なくともこの時の記憶はそうなっている。
こういうのを、意識が朦朧としていたというのかも知れない。


「わぁ、初めて入った」
「テレビみたい」

僕の視界には入っていないが、僕の頭越しには様々な医療器械が設置され、僕の背景を飾っていたのだろう。
田舎から出てきた子供が芸能人を見て驚くような、そういう素朴な反応がおかしくて笑った。

よかったね
いい経験をしたじゃない?

家族が声をかける
僕もなにか話したい。
こういう時にぴったりの気の利いた台詞でも言おうかと思ったが、口を出たことばは違っていた。

いま、何時?

「そうね、だいたいね」
と応えるほど、家族はサザンオールスターズファンではないので「7時だよ」と正確な時間を答える。
ということは、今は手術室に入ってから4時間後ということだ。

麻酔が効くまで1時間
手術は2時間±1時間
麻酔が覚めるまで1時間

つまり、長い場合5時間と聞いていたから、これはとても標準的ということになる。

先生はなんて言ってた?
「予定通りです」

それだけ?
「それだけ」

いつも温和で、感情が大崩れしない牧野医師らしい。
最低限の的確な台詞だ。
でも、もう少しドラマチックでもいいのにな。
腫瘍が大きかったとか、なんとかさ。


「また来るね」
そう言い残して、家族は部屋を出て行った。
家族と交わした会話はこれだけしか覚えていない。
本当にこれだけだったとすれば、1分もかからない、あっさりしたものだ。

ICUの看護師から事前に「面会は短時間でお願いしますね」と言われていたのかも知れない。


目覚めがいい
という言葉を使ってもいいほど身体はリラックスしている。
心は穏やかに澄んでいた。
しかし、この数時間後、人生最大、地獄の夜が始まるのである。


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