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2015年11月11日 (水)

ストレッチャーに乗って押される初体験

生涯初めて、ICUで迎えた朝
それは最低の気分だった。


「助けて、あんた私をどこに連れて行くつもり?帰らせて!」
我を失って叫んでいる患者を、ICUの女性看護師がなだめている。
だが、患者は言うことを聞かない。
もう30分は続いている。

そのやりとりを聞きながらも、依然として突如発生する血の塊をティッシュに吐き出している。
そんな朝が最高の気分なわけがない。

ただ、さっきまでとは少し違う。
この世界で起きているのは自分だけではない。
というのは少しだけ前向きな気持ちにさせた。


8時を回った頃、食事が運ばれてくる。
2日ぶりの食事だが、メニューはおろか、食べたことも覚えていない。
覚えているのは、食後に歯を磨いたことだ。

看護師に頼んで、壁際においてあった所持品箱の中から、歯磨きセットをとってもらう。
うがいってどうするんですか?
と尋ねると「ちょっと待っていてください」と廊下に出て行った彼は、キャンプでご飯を炊く飯ごうのような形をしたプラスチックの箱を持ってきた。

顔に密着させるため、全体がバナナのようにわん曲している。

この箱は院内では看護師の誰もが「ぐじゅぐじゅぺっ」と呼んでいた。
なんじゃそりゃ?
と思ったが、これを必要とする患者には老人が多い。
「ぐじゅぐじゅ」とうがいをして「ぺっ」と吐き出す、そういう擬音語で表現したほうがイメージが沸きやすいということなのだろう。


排尿管、点滴、センサーが身体に取り付けられている患者は、歯磨きのために洗面所まで行くのが大変なので、うがい受けを使う。
ちなみに「ぐじゅぐじゅぺっ」が正式名な訳がない。
退院後にしらべると、その名称は「うがい受け」だった。
そのまんまだ。
(108円でダイソーにも売っている)


「10時30分からCTとMRIに呼ばれます。MRIは造影剤を使います」
徹夜で血の塊と格闘し憔悴した患者によくもそういう台詞が言えるものだと言いたくなるような、情報が告げられた。

CTはまだいいとして、造影MRIとなれば1時間コース。
両鼻をふさがれて、血の塊が降りてくる状態で、MRIに閉じ込められて、造影剤も入れる・・
気が遠くなりそうだった。

だが、人生最大の試練と言えなくもないその状況に、僕は開き直った。
これは、気合いで乗り切るしかない。
理屈ではない。テクニックでは乗り切れない。

気合いだっ!気合いだっ!

どこかのお父さんのようだが、今それは唯一無二の言葉だ。


10:30
点滴を外し、排尿管とセンサーをつけたままの僕は、ストレッチャーに乗ったまま廊下に出た。
あぁ、こういうふうになっていたのか。
一直線の廊下に、いくつものICUが面していた。
がらがらがら
こうしてストレッチャーに横たわって押されるのは、初めての経験だ。
昨日もこうして同じ道を通ったはずだが、その時は麻酔で眠っていた。


経験は風船に吹き込む空気のようなもの。
経験がつまって大きくなった風船は僕の思考力。
つまっている空気には色がついていない。
今日も吹き込み口から、新しい空気を追加していく。

経験という積み木を積み上げて思考力をつくるのだが、それを大切に点検していては新たな価値観を生み出せない。
経験を増やすことで自由になれる。
過去の経験は、今この場所に置いていく。

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