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2015年11月 4日 (水)

手術の夜、血の塊との戦いが始まる

僕が出産を終えて可愛いベイビーを産み終えたばかりの妊婦だったら、よくがんばりましたと、お皿に乗ったカステラとデミタスカップのコーヒーが出るかも知れないな。

そんなことを思わせるくらい、とても平穏な空気が流れるICU。
ICUといえば集中治療室のことなのだが、ここにはそんな緊迫感はない。

僕はこの日、妊婦ではないのでもちろんカステラは運ばれてこない。
それどころか、夕飯も配膳されない。
手術当日は朝昼晩抜き。
日頃から1日1食~2食なので、こういう時、空腹感を感じないで済むので助かる。


「血の塊が降りて来ますから、飲まないでティッシュにくるんで出してくださいね」
ICUの看護師は男子。
年の頃からみて、医大のインターンのように見える。

枕はないんですか?
ティッシュにぺっとしたいところだが、頭が低くて苦しい僕はそう尋ねる。

「医師から許可が出るまではフラットなんですよ」
これが、これから1日半僕を苦しめ、その後も恐怖症を植えつけた"フルフラット指定"だ。

頭のど真ん中あたりから腫瘍を取り出したこともあり、頭を下げた姿勢を取ることはできない。
翌日のMRIで患部が安定していることを確かめるまでは、地面と平行に寝ていなければならないのである。

風邪を引いた日に痰が降りてくるように、どろりとした液体が降りてくる。
僕は身体を右によじって、ベッド脇のテーブルに置かれたティッシュを1枚、慌てて抜き取ると口にあてる。
その成分がなんなのかはよくわからないが、真っ赤なところを見ると、どうやらそれは僕の血の塊らしい。


ティッシュはスコッティの白い箱。
そこに「千葉龍一さん」と僕の名前が書かれたシールが貼ってある。
ディッシュはこれに使うためだったのか。


目を大きく見開くと、ベッドの頭上方向には、心拍数が表示されたモニターが設置されている。
定期的な発信音は、僕がわりかし標準的に生きていることを伝えている。

音楽は鳴っていない。
もちろんテレビはない。
本が読めるわけもない。

全身麻酔でぐっすり4時間寝たせいか、心地よい睡魔もやってこない。
そうこうするうちに、次の塊が落ちてきて、僕はティッシュを抜く。

それを何度も繰り返しているうちに、空っぽだったゴミ箱がティッシュの山になりつつある。
すると、ティッシュの残り枚数が不安になる。

「手術後は血の塊を口から出すためにティッシュを使いますから、多めに持ってきてください」
という説明はなされなかった。
ただ、入院の栞に「ティッシュ」と書いてあっただけだ。
最低2箱とも書いていなかった。

2枚重ねのティッシュを1枚ずつ使わなければ、夜中になくなるのではないか?
さっきまでの明るい気分は、段々としぼんでいく。


やがて21時の消灯の時間がやってきた。
看護師がやってきて「消灯しますね」とだけ言い残して、サッシのドアをがらがらと閉めて出て行った。
早く、疲れて眠りにつきたいな。
そうすれば、なんとかなるだろう。

しかし、22時を過ぎ、23時を回っても睡魔はやってこない。
と言いたいところだが、視界には時計がなかった。
電気が消えて、どれくらいの時間が過ぎたのかすらわからなかった。


時々、下腹部から初めて体験する挙動で何かが体外へ放出されているのがわかる。
おしっこが出ているのか?
じょろじょろと容れ物が水滴を受けている音がしているから、そのあたりにお漏らししているのではなさそうだ。
もし漏らしているならば、下腹部がぐっしょりと濡れてくるだろう。


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