魔法のような「顔用プリンター」
有給休暇をとったある日の午後
久しぶりに「ホームセンター」の駐車場にクルマを入れた。
週末はいつも混んでいて、駐車場も入場待ちのクルマで渋滞している。
従って、ここは平日に訪れたい場所だ。
ずいぶん来なかったうちに、店内は様変わりしていた。
店の右側半分は「ペット」とその用品売り場と貸していた。
犬がわんわん吠えているかと思うと、飼育が難しいと言われている熱帯魚が水槽で泳ぐ。
その足下をニシキヘビが移動していく。
動物好きな人たちは、ここにいるだけで半日いても飽きないだろう。
逆にいえば、動物が苦手な人はここには、もう来ないだろう。
奥に進むと製材コーナー。
そこでは大型の機材を使って職人が木材を裁断している。
以前、ここで天板を買った時は「直線しか切りません」と言っていたが、今は縦横無尽。
客の要望に応じて、曲線や直角を切り出している。
出来上がった木材を受け取った客は、手書きしてきた図面と見比べて満足そう。
DIYファンの人は、見ているだけでも楽しい光景。
だが、高級家具に囲まれて暮らしている人は「何がそんなに嬉しいんだ?」と怪訝な顔をするだろう。
家電売り場では、実験段階の「顔用プリンター」の実演が行われている。
30秒顔をつっこむだけで化粧が完成するという魔法のような機械だ。
予め顔を認識させておく。
そして、ファンデーション、アイシャドー、口紅の濃さ、色などを選択して設定完了。
あとは顔をつっこんでスイッチを押すだけ。
平日ということもあり、試していたのは一人で買い物カートを押して来た、いかにも暇そうなおばあさん。
「あまり動かないでくださいね」
店員が声をかける。
そんなことを言われても、老人は足腰が弱い。
じっと一箇所に立っていることは、健常な若者にだって難しいものだ。
おばあさんは、ゆらゆらと顔の位置が動いている。
これは、いったいどんなことになるのか・・
その場に足が釘付けになった。
とっくに、所定の30秒は過ぎているはずだが、終了を知らせるブザーが鳴らない。
店員の表情にも、うっすらと焦りの色がみえ始めている。
それでも「動くな」と言われてからのおばあさんは、店員の忠実な下部となり、微動だにしない。
どれくらいの時間が経っただろう。
化粧終了を知らせる、鈍い音のブザーが鳴った。
安堵の笑顔を取り戻す店員
固唾を呑む群衆(僕ひとりだけど)
おばあさんが「顔用プリンター」から、そーっと顔をぬいた。
店員ができ映えを確認する。
というよりも、火傷をしたり、ひどいことが起きていないか、おばあさんの安全を確かめているように見える。
「綺麗ですよ」
店員が声をかける。
そうかね。そう言いながら店員が持っている手鏡を受け取ったおばあさんが、こっちを向いた時、僕の心に過去数十年間、感じたことがなかった衝撃が起きた。
さっきまで「北林谷栄」だったおばあさんが「ソフィア・ローレン」になっていたのだ。
2016年4月1日記す
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