できれば通勤のない世界に行きたい
ゴールデンウィークが明けて、仕事に復帰した日
仕事に行くまでは、会社で起こるできごとを思い描いて、不安を抱いたりするのだが、そうして1日が終わってみると、自分にとって厄介だったのは、通勤途中で出会う高齢者だと思う。
その日は雨が降っていて、誰もが傘を差していた。
地下鉄の駅に向かい、前のおじいさんにつづいて入り口へ入ると同時に傘をたたむ。
すると、ばふ、ばふ、ばふ
前のおじいさんが傘を閉じて開く動作を三度繰り返して、水気を払った。
階段を上ってきた若い女性が顔をしかめている。
それでなくても、雨の日は路面が滑りやすい。
階段で雨粒を散らしたら、危ないじゃないか。
電車はほぼ満員。
それでも座ることができた。
隣にいたおばさんが、ホームの案内放送を聞いてから慌てて降りていったあと、おばさんが乗ってきた。
僕のとなりには人が1人十分に座れるスペースがある。
僕は、きちんと一人分のスペースを守っている。
カラダというのは、考え方一つで縮めることができる。
骨盤を締め、背を丸め、肩をすぼめれば、カラダが大きくても、人はコンパクトに収まる。
さて、乗ってきたおばさん、めざとく僕のとなりをみつけると、シートにくるりと背を向けたかと思うと、腰の位置から50cmの落差で落ちてきた。
どしーん
その光景をマンガに描いたならば、恐らくこういう擬態語がつく。
そして尻が僕のひざに乗った。
正確にいうと、尻が2cm、僕のひざに食い込んだ。
そんなにカラダの接触を求めているのだろうか。
世の中の人は、腹筋が足りない。
マラソンで次は自己ベストだ!と気合いを入れているような人でない限り、毎日10回の腹筋を日課にしたりはしない。
腹筋が弱いから、自分のカラダを支えられない。
だから、高い位置から座席までの50cmを「落下」するしかないのだ。
腹筋が強い人ならば、ゆっくりとしたモーションで、プリウスが近づいてくる時のように、静かに座席に着地することができる。
雨の日はバスも混んでいる。
バス停には、人があふれていて、屋根のある部分に入りきれない。
それでもおじいさん、おばあさんは間隔をめいっぱい空けて列をつくる。
誰もが、屋根の下に入って傘をたたみ、乗車に備えたい。
しかし、そうした周りの人を思いやる気持ちは持てないようだ。
車内では2人がけに、一人ずつ先客が座っている。
おじさんは、カラダをめいっぱい大きく拡張して座る。
「ここは、ムリだろう?オレはカラダがでかいからな。別に一人でのんびり座りたいわけじゃない。カラダの大きさは仕方ないだろ?」
カラダというのは、考え方一つで広げることができる。
骨盤を開き、またを開き、ふんぞり返れば、1.5倍くらいの横幅になる。
そうした中で、一人のおばさんの隣りをめざす。
ところが、おばさんはカーディガンの裾を隣の座席まで広げて、2座席占有を主張している。
腹筋を使いゆっくり座るモーションに入ると、すーっと裾をたぐり寄せた。
やがて僕が降りる1つ手前のバス停にさしかかる。
おばさんがそわそわし始めた。降りるのか?
しかし、バスは停まったが、カラダをこちらに向けるばかりで、黙っている。
立ち上がり道を空けると、だからマナーが悪い人は嫌になるわと書いた険しい顔で降りて行った。
口はないのか?
と言えば角が立つ。
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