満員でもエレベーターから降りない女
そのエレベーターのメーカー表示は東芝
安心の国内製
都内の鉄道ではよくみかける銘柄だ。
定員は11人
定員重量は750kg
1人あたり68.18kg
見渡す限り、今、このエレベーターに乗り込んでいるのはすべて女性。
68kgを超えていると思われる人はいない。僕を含めて。
電車が駅に着く。
ドアが開くと、一斉に女性たちがエレベーターをめざす。
僕は目指したわけではないが、先客は8人程度。
これならば、十分に乗れるな。
そう思って、ぽっかり空いていたエレベーターボックスの中央部分に乗り込んだ。
先客はみな、壁にぴたりと張り付いている。
まるでオセロの陣地争いのように。
従って空いていたのはど真ん中。
それから、入って右側のドアポケット部分にもスペースがあった。
すると、そこに後から1人の若い女性、サトウケイコ(予想)が走ってきて、乗り込んできた。
彼女は「ラッキー、ここが私の場所」と言わんばかりに、唯一、空いていた右側ドアポケットに体を滑り込ませ、視線は宙を泳がせている。
さぁ、あとはドアが閉まり、発車を待つばかり
ボックス内にいる、恐らく10人の乗客は、物音一つ立てず、ドア方向を固唾を呑んで見守っている。
閉まらない
このエレベーターに乗り慣れている人ならば、既に察しの通りだ。
定員が書かれている表示プレートには、赤い文字で「満員」と表示されている。
でも、さほど目立たない。
よく耳を澄ますと、びー というブザーが鳴り続けている。
ここは、電車の駅のホームにあるエレベーター。
「間もなく2番線に○○行き電車が入ります。白線の内側までお下がり下さい」
そういったがなり声に近い、アナウンスが流れている。
世界一静かと言われる、ラッシュアワーの日本の鉄道だが、人々の雑踏までは消すことができない。
喧騒のなか、やがて、誰もがブザーの音を聞く。
耳が慣れてきたのだ。
だが、誰も降りようとしない。
こういう時、その役割を担うのは、一般的に言えば、最後に乗り込んで来た人。
ここで言うならば、サトウケイコにその任がある。
だが、彼女は微動だにしない。
最後に乗った人は降りてくださ~い
誰かが声をあげた。
しかし、それは誰に向かって言っているのかわからないし、誰かに確実に届くほどの音量でもない。
もしかすると、サトウケイコはウォークマンを耳にはめているのかも知れない。
(それはヘッドホンだろ!というツッコミは無しです)
仕方なく、最後から二番目に乗った僕が降りた。
サトウケイコには、なんの反応もない。
僕が降りた東芝製エレベーターは750kgの閾値を下回ったことを感知して、即座にドアを閉めて、運行を開始した。
果たして、その時、その光景を見守った先客8人たちは、そこに何を見ただろうか。
路上に人が倒れていても、関わりにならぬようスルーするのが東京スタイル。
彼女たちの心には、さざ波ひとつ立たなかったかも知れない。
世の中には譲り合いの心を持つ人と、そうでない人が居る。譲らない人の顔はくすんでいる。
顔を見れば、その人となりがわかる。
世の中には譲り合いの心を持つ人と、そうでない人が居る。譲らない人の顔はくすんでいる。
顔を見れば、その人となりがわかる。
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