「女性が輝く社会」主義の行く末
現代は「女性が輝く社会」を目指すと言われているわけだが、この言葉、あるいはその風潮を女性はどう捕らえているのだろうか。
そのとらえ方は2つに分かれると推測する。
そのとらえ方は2つに分かれると推測する。
【A】よし出番が来た。これからは要職あるいは魅力のある位置に就く好機が訪れるだろうから頑張ろう!
このような「肯定派」
【B】意味がわからん。男だって女だって輝く人は輝くし、そうじゃない人は違うだろう!という「懐疑派」
「懐疑派」の人も実際に「あなたを課長にします」とか「あなたが長年、希望していた**会議の座長をお願いしたい」と言われたら、それが「女性だから」優先的に回って来たのだなとわかっていても、美味しい話ならば受けるだろう。
いずれにしても女性にとってみれば「女性が輝く社会」が目標に掲げられている時勢は、決して悪い状況ではない"はず"である。
一方、男から見て「女性が輝く社会」は2通りのとらえ方に分かれると推測する。
【C】これまで女性に機会が宛がわれていなかったのがおかしい。「女性は優秀」であり「女性が輝く社会」は自然な姿だ。
このような「肯定派」
【D】女性だからと言って、無理矢理「輝かせる」必要はない。機会均等にすることで、輝ける力量のある人は輝く。力量のない人まで持ち上げるのは「機会過剰」だという「懐疑派」
男女ともに「懐疑派」の視点はほぼ同じだ。
「懐疑派」は、無理矢理輝かせた女性の被害者になることがある。
「懐疑派」は、無理矢理輝かせた女性の被害者になることがある。
要職に就く。人の上に立つ。それぞれ求められる力量はまるで違う。
それぞれに応じた人間の「タイプ」があり、長い間「男社会」だった日本では、男についてはこの「タイプ」別人選が熟成され、機能している。
だが女性にポストを渡す経験が浅いため、まだ人選が混乱している。
「要職に就く」にはアイデアとリーダーシップが必要だが、そうではない女性が就いていることがある。
「人の上に立つ」には、度量が必要だが、それがない女性が就いていることがある。
この状況は「男」にとっての「学歴」に似ている。
日本において、かつて「高学歴者が輝く社会」が標榜された時代はない。
それは言うまでもなく、日本社会が元々そういう社会だからだ。
東京大学を出ているから、ある程度の年齢になるとポストが与えられる。
それまで、リーダーシップもとらず、人望もなかった人がである。
もしかすると、その人は人の面倒を見るのは苦手で、自分の仕事のことだけを考えて生きていたい人だったかも知れない。
だが、これが日本のシステムだから仕方ない。
「女性が輝く社会」主義も、その轍を踏むかも知れない。
「女性が輝く社会」は女性にとって、決して悪い状況ではない"はず"
だが【A】タイプで「輝かされて」しまった人は、幸せだろうか。
人生がひと区切りついた時、自分には何も身についていない、ただ時代に踊らされただけだったと気づくのは哀れだ。
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