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2016年8月 1日 (月)

福士加代子は金メダルに手が届くかも知れない

「ランナー福士加代子」の定義はこの10年で何度も変わった。

10年前、彼女は「日本一の女子中距離ランナー」
スピード感覚を身につけている中距離の実力者が持久力を身につけて、マラソンで大成する。
日本における陸上のサクセス・ストーリーである。

なにせ日本人はマラソンが好き。
数十秒や数分で終わってしまう短距離、中距離陸上にはあまり熱狂しないが、長時間をかけて「駆け引き」「脱落」「逆転」のドラマを楽しむマラソンには、多くの人が沿道に出て声援を送り、テレビのチャンネルを合わせる。



「日本一の女子中距離ランナー」がマラソンに転向するとあって、2008年の大阪国際には大きな期待が集まった。
初マラソンは2008夏期五輪選考会。デビュー戦でいきなり五輪代表の座を射止めるのではないか?

福士加代子はそこで30kmまで独走。
「日本一の女子マラソンランナー」という称号も福士加代子にかかれば、いとも簡単に陥落するのかと驚愕の目が向けられていたが、脱水症状を起こして19位に終わる。
しかし福士加代子はこの競技に真摯だった。
競技を投げ出すことなく、競技場に入ってから何度も転倒しながら「完走」した姿に感動した。


それからしばらく福士加代子はマラソンを離れ「マラソンへの復帰が待たれる、日本一の女子中距離ランナー」となる。


あまりに長く帰ってこないので、もうこのまま「中距離のスター」で終わるつもりなのかと危惧していた2011年。
2度めのマラソンは大失速から3年9ヶ月空いた。
「シカゴマラソン」3位 2時間24分38秒
これで「マラソンで大成が期待されるランナー」になった。


さぁいよいよ五輪出場だ。
そういう期待を集めて臨んだ2012年1月「大阪国際」
しかし、またしても26kmから失速して9位に終わる。
二度目の五輪挑戦も不発。
ここで期待はちょっとトーンダウンして「マラソンで大成が待たれるランナー」となったが、その能力への信頼は揺るがない。ファンは捲土重来を待った。



2013年1月「大阪国際」
大阪"3度めの正直"で彼女に栄冠が訪れる。
三村仁司が作り市販モデルも売られている「アディゼロ タクミ 戦」のセカンドカラーを履いて出走。
41kmまで首位を守り、最終的には2位。2時間24分21秒
レース後、放送席に呼ばれた福士加代子は、軽妙なしゃべりを披露してお茶の間を笑わせた。

ところが、レースから2年10ヶ月後、1位のガメラシュミルコ(通称ガメラ)がドーピングで失格となり繰り上げ。2年遅れの「初優勝扱い」となった。


そして2016年五輪イヤー。
すっきりしない「初優勝」をすっきりさせる時がやってきた。

2016年1月「大阪国際」
アディゼロ タクミ セン ブースト2で出走した福士加代子は、ペースメーカーが外れる前から独走。初めて「一等賞」でテープを切り優勝。2時間22分17秒
五輪挑戦"三度目の正直"は間違いなし。
誰の目にも、そう映った。

レース後、放送席に呼ばれた福士加代子は、全国のお茶の間に向かって「びむ~」と鼻をかんで顰蹙を買った。


ところが一ヶ月後、派遣標準記録をクリアした福士加代子に日本陸連が内定を出さなかったため、福士加代子は3月の「名古屋ウィメンズ」にもエントリーする。
2004年アテネで、代表確定と思われていたQちゃん高橋尚子が選考に漏れた例があったからだ。

これは日本陸連が出場を見合わせるよう強く要請。福士加代子は直前になって、出場を見送った。
幸い「名古屋ウィメンズ」では福士加代子を超える記録は出ず、ようやく福士加代子の五輪マラソン初出場が決まった。


1982年3月生まれの福士加代子は34歳で「マラソン初五輪」を迎える。
恐らくこれが最初で最後だ。


2016年8月14日21:30(日本時間)
リオ五輪女子マラソン号砲
最後は「雌伏の時を超えマラソンの頂点に上りつめたランナー」福士加代子
そう定義して、彼女のキャリアを締めくくりたい。

ゴール後は、実況ブースに上がって、地球の裏側から日本のお茶の間に向かって、思い切り鼻をかんでもらいたい。

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