【第9話】
17:30
開演まで90分の東京ドーム場内は照明が暗く、スモークが焚かれていて全体に煙っている。終演後の場内が煙るならばわかるが、まだ何もやっていないのに煙っているというのは普通ではない。
この不健全なムードは、これまでに経験したコンサート、ライブではなかったものだ。
この演出は、ステージが強烈な光で照らされた時のギャップを作り出すためだろうか。
2階三塁側8通路3列
野球で言うならば「ネット裏」ホームベース後方からやや三塁寄り
最前列ならば「立たなくても見られる」のだが、BABYMETALは「ちょっと疲れたからスローバラードは座って休もう」というライブではないので問題ない。
前方にバスケットボール選手の団体が陣取り、山脈を作るようなことはないので3列というのは好位置だ。
セカンドベース後方に設置されたセンターステージからは3方向に向かって花道が延びている。こちらから見ると、センター側のそれは見えず、一塁と三塁に向かって扇が開いたように見える。
BABYMETALがどの位置で「実演」するかは不明だが、音楽公演の通例から言って、ホームベース側のこちらが正面であることは疑いづらい。
とすれば、これは日本武道館の二階席正面に陣取るのと同じか。
いや、ちょっと遠いか
そんなことを考えていると、仲野君がやって来た。
彼はコルセットを二つ折りにして握っている。
そんな持ち方して絶縁していなければいいけどと心配になった。
今回、チケットを2枚申し込んだ後、当たりもしないうちから参戦仲間の招集に入った。
郷ひろみや松田聖子のような誰もが名前を言えば知っている人たちではない。
勧誘は難航を極めると考えたからだ。
僕は、まだBABYMETALを知ってから一週間しか経っていない。
今見ておかなければという衝動で「先行予約」してみたものの、参戦先の場所は敷居が高い。
恐らく周りはコアなファンばかりで、それは僕よりも1ついや2世代下の人たちだろう。
そこに「ぼっち」参戦は不安過ぎる。
それゆえ見切り発車で2枚にしたのだが、僕の周りにBABYMETALファンがいるわけがない。
ましてや、見知らぬメタルバンドに大枚をはたくという酔狂に賛同者がいるとも思えなかった。
僕だってジューダスプリーストや聖飢魔IIは聴いていたが、ライブに行ったことはない。
コレは難航するぞと思った矢先、声をかけた歌合戦仲間の仲野君はあっさりと「おもしろそうですね。音楽ならなんでもいいですよ」と一枚かんでくれた。
「BABYMETALの名前は聞いたことがあるが一度も聴いたことはない」という。
チケット当選後にYou Tubeで予習したらしい。
お金をかけてCDを借りてこなくても、ネットにつなげば公式映像が見放題。
音楽はまさに視覚の時代に移り変わっている。
いくら「昔の名前」があったところで、今の風貌、今の声がどうなっているかはすぐにばれる。
長きにわたるデフレを経て、日本人は支出に対して、確実に対価を回収できるものにしかお金を使わなくなった。
実演者にとって、You Tubeはカタログであり、試金石となっている。
右となりに座ったのは僕より年上のおじさん
大きなリュックを背負ってぼっち参戦
こういう人、いるんだな
そこで、あたりを見回してみると・・
そこに広がっていた光景は「五〇代の巣」であった。
全員が五〇代というわけではないが、どう見ても四〇代より下が薄い。
中には六〇代、七〇代も散見される。
二〇代、三〇代が客層の軸と想っていた予想は大ハズレ。
「スタンド席だし、たまたま、このあたりに冷やかしの人たちが固まったんだな」と、それ以上は気にしなかった。
【ぼっち】
ライブに1人で行くこと。SNSに書き込む際に使われる。