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2016年10月20日 (木)

涙雨

通夜の夜は更ける。
我が家の貸し切りとなった広い斎場には、立派な祭壇に季節の花。
その中心に母が横たわる。

両脇には故人や遺族と縁がある組織から届けられた花輪
そして明日の会葬者数を想定して並べられた椅子
その一番後ろの列に腰掛けて、ぼんやりする

ここは夜通し照明が落ちることはなく、24時間ろうそくと渦巻き線香のおかげで寝ずの番もいない。
空調が効いた凜とした空気のなか、あまりに広い空間は今晩、母一人のものとなる。スリッパを履いた僕はその光景を目に焼き付ける。



二日目の控え室は、日頃あまり会うことのない遺族と親族が語らう場となっていた。
こんな時「世話やきなおばちゃん」「話し好きのおばちゃん」の存在がある。
いつもは、ちょっと面倒だなと思うのだが、こんな時、場の空気を明るく牽引できる人の存在はありがたい。

もしも、誰ひとり口を開かず、開いたとしても故人の悪口や、最近神経痛がひどくてといった愚痴を言われた日には、まさにリアル悲劇の場になってしまう。
故人を思い悲しい気持ちになるのは、明日の告別式から火葬に至る中で十分にその機会がある。

身内用に注文しておいた仕出しの大皿は、肉類のオンパレード。
子供のころ、葬儀といえば「まずい」精進料理と決まっていた。
火葬が終わると一転して、肉やエビが踊る豪華な食事に変わる。
それで、僕らは「精進」という言葉を習った。

巻き寿司といなり寿司が大量に残っている。
それは親戚に持ち帰ってもらった。



告別式の朝がきた
天候はあいにくの雨
というよりも、土砂降り。
明け方にはけたたましい雷鳴がとどろき、日本の西の端には滅多にこれない人たちが墓参りに行こうとしていた出鼻をくじく。

僕はスリッパを履いたまま玄関を出て、空に念じる。
どうか、1時間だけ上がってください。
それでも、雨脚は衰えるそぶりを見せない。


告別式が始まる時間から逆算して、タイムリミットが来た。
墓参りは中止しましょう。
僕が親戚に声をかけた時、姉が「今あがったよ」と部屋に入ってきた。

雨は1時間だけあがり、無事墓参りを済ませ、親戚が再び斎場に戻ったところでバケツをひっくり返したような雨が再開した。
雨はこの後、夕刻までつづき、会葬者を濡らし、火葬後の法要に残った親戚を濡らした。

親戚の誰かが「涙雨じゃね」と山口弁で言った。

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