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2016年10月13日 (木)

貸し切りの斎場

母は静かに僕を待っていた。
いや、本人に聞けないので、待っていなかったかも知れない。
装束は通常、故人がつけるものではなく、生前大好きだったスポーツのユニフォーム。
こんな服装をした死者を初めて見た。
とてもいい選択だと思う。

遺影もそのスポーツをしていた頃のユニフォームと帽子。
帽子をかぶっている遺影というのも初めてみたが、母らしくていい。

数ヶ月前に見た、衰弱して顔色の悪い母ではなく、そこには安らかでちょっと若返ったような母が眠っていた。
聞くところによると、しわが伸びるため、肌がつるつるになり、そう見えるらしい。



やがて、親戚も引き上げて、斎場の控え室の畳の間は、母と僕だけになった。
押し入れから布団を出して、自分の寝床を作る。
母が寝ている枕がおそらく「北」を指しているのだろうから、僕はそれとは反対側に枕を置いた。

24時間ろうそくをチェック。
技術革新により、寝ずの番をしてろうそくや線香を絶やさないようにする必要はなくなっていた。
そういえば、父の時もそうだったような気がするのだが、あの時はなぜか、ずっと父のそばで朝まで起きていた。
直前に「寝ずの番」という映画をみていたので、遺族はそうするものだと思い込んでいたようだ。
そういえば、あの時、寝ずの番をする僕に親戚が向ける視線は不思議そうだった。

渦巻き線香を取り替える。
朝食が7時に来るらしいので、それまでの6時間は十分に保つ。

母の顔を見て「おやすみ」と声をかける。
すると、つるりとした顔の母が、なにか言いそうな気がした。

いやいや、怖いから、それはやめて ^^;)

真っ暗にするのは、やはり、この日にはそぐわない気がして、電気をつけたまま眠りについた。
そのせいで、疲れがあまりとれなかった気がする。


通夜の朝が来た。
通夜までは、まだ12時間もある。
朝食をとったあと、親戚が準備に戻ったので、もうひと寝入り。

次に起きた頃には、斎場の係員も次々に出勤
花屋さんが献花を運び入れる。
弔電が届く。
その都度、受け取りの署名をする。

田舎にある斎場は、会場も1つだけ。
きょうと明日、我が家の葬儀だけがおこなわれる。
そうした貸し切りの場所に、慌ただしく、人が出入りする1日が始まった。

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