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2016年10月27日 (木)

心に響かなかった母のエンディングテーマ

僧侶が帰ると、電子ピアノの弾き語りが始まった。
エンディングテーマだ
事前に司会者から遺族に取材があり、そのエピソードを軸にして故人を送る言葉を詩にする。
それを遺族が希望した曲に合わせて読み上げる。
今回は母が好きだった「川の流れのように」をリクエストした。

前回は父との思い出の曲「今日の日はさようなら」のCDをかけてもらった。
葬儀に帰郷する際、家から持ってきていた。
その曲とあいまって、司会者の絶妙な「作詩」に泣いた。


そして今回、いったいどういう心情が働いたのかはわからないが、泣けなかった。
泣くまいという心理が働いていたこともある。
ただ一つ、感極まらない要因を挙げるとすれば、音楽が「CDではなかった」ことだ。

CDに録音された音源には、歌手の肉声、作り込まれた伴奏があり、心の機微に触れる要素に溢れている。
一方、ピアノ生演奏には歌詞がないし、伴奏も違うので印象は大きく異なる。
母とその曲を聴いた時代を想起させるスイッチがない。。

葬儀の音楽は、CD音源が必要だ。
と学習したが、もうそれを活かす機会はない。



もしも自分が送られる側になったとしたら、どんな曲がいいだろう。
BOSTONの「DON'T LOOK BACK」がいいのだが、それでは司会者が困るだろう。
QUEENの「ボヘミアンラプソディ」では「ちょっと尺が長すぎますね」と斎場のディレクターが渋りそうだ。

ならば、佐野元春の「SOMEDAY」がいい。
自分が歌うのならば「約束の橋」だが、さすがに葬儀で故人が歌うカラオケを流したら、その場の空気が凍り付くだろう。

ドラムの連打からピアノにつづく前奏が流れる。
そこで、この曲を知る人ならば、一斉にスイッチが入るだろう。
司会はどんなMCを入れてくれるだろうか。

その光景を想像したら、自分が悲しくなった。
その当日、もう僕は泣けないのだけど。

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