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2016年11月20日 (日)

諦めた新聞記者の夢

近代設備を備えた火葬場には、風景と音がない。
高い天井、幅広い空間、BGMは流れていない。
ここにいるのは、姉と僕
そして表情を持たない係員が「よろしいでしょうか」と声をかけ、僕がはいと小声でうなずく。
釜のスライドドアが開き、そこに火は燃えさかっていない。
かすかな熱気が伝わっては来るが、のけぞるほどの熱風ではない。
係員が押すと、母と思い出の品々を詰め込んだ棺が、レールをすべり、焼却炉の中へ吸い込まれる。
そして、所定の位置に収まるとすぐにスライドドアが閉まった。


南無阿弥陀仏
(計り知れないほどの力をもった阿弥陀如来に身も心も捧げます)
僕らは数珠を絡めて拝む
ここに僧侶はいない
ドアの向こうではかすかな機械音が聞こえている。
これから、さらに奥深い場所へと移動していくのだろう。


それでは1時間半ほどで、お声をかけに参ります。
控え室でお待ちください。
表情のない係員や、わずかに柔らかな頬で、恐らくそのような台詞を言う。

振り返り、一歩を踏み出すと、僕はもうさっきまでの、毅然とした喪主を演じる長男に戻っていて、親族が待つ控え室へと歩を進める。

何事にもとらわれない空虚な気持ちだ。
絶望ではないが、そこにはもう誰もいない。

はたで見ている人は、冷静な人だと思うだろうが、今僕にこれ以外の何をしろと言われても、できることはなかった。


控え室では孫たちが、親族に弁当と飲み物を配っている。
僕は手短に弁当を胃に放り込むと、親戚に飲み物を勧めながら、ご機嫌を伺う。
もうそれぞれが高齢を囲っているというのに、九州の西のはずれまで、遠くから来てくれた親戚のなんと、ありがたいことか。


今日の話は100点じゃな
親戚のおばちゃんが言う。
言うべきことは全部あったし、言うべきじゃないことは何もなかった。
100点じゃ。

僕は子供の頃から、根っからのおしゃべりで通っていた。
そんな僕に親戚がつけたあだ名が「弁当箱」
なんでも、よく喋るからあんたは弁当箱じゃ。
そう言われた。
子供の頃は、そういうものかと思っていたが、今考えてみたら、よくわからない。

当時僕は、新聞記者になりたかった。
特に近づきたいモデルがあったわけではなく、毎日、日記を付けていたせいで文章を書くことに憧れていたのだ。
その夢を話すとおばちゃんは言った

ええかね、新聞記者はあんたが喋るんやないよ。人の話を聞いてなんぼじゃけぇね

その後、僕が新聞記者の夢をやめたのは、人の話を聞くのは嫌だなと思ったのも一因だ。
とにかく、このおばちゃんから褒められたことは生涯初めてのことで、僕はそれがとても嬉しかった。
少しは成長したのだ。
だからと言って、大人になったとは言えないが。

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