忘れられた香典
遺族、親族の力持ちたちが母の棺を運んでいる。
その中では若輩に位置する僕も、本来ならば、その重さを引き受けなければならぬところだが、僕には位牌を持つという任務がある。
浄土真宗では、誰でも仏になることが約束されており、故人の魂は浄土に還っている。
従って、浄土真宗では位牌は不要だ。
では、今僕が持っているこれは、なんと呼ぶのだろうか。
あとでしらべると、白木でできている位牌は葬儀から四十九日まで用いる仮の位牌ということだった。
位牌(仮)である。
正面玄関に左ハンドルの霊柩車が縦付けされている。
外は依然として激しい雨が続いており、見送りの会葬者を濡らしている。
僕は位牌をひざに抱き、右側から助手席に乗り込む。
ハッチバックから、静かに棺が滑り込んでくる。
白い手袋をした係員が、てきぱきと数点をロックして、最後にぼむっとハッチを閉じた。
他の遺族、親族はマイクロバスに乗り込んで、後に続くはずだ。
そう思った時、どんどんどん、親戚が僕の窓を叩いた。
傘も差さず、なにか、必死に叫んでいる。
尋常ではない
香典どうするの?
香典?一瞬、なんのことか要領を得ない。
僕が香典を受付に出していないとか、まさか、そういうことではないだろう。
それは、受付で預かっている香典を遺族の誰が、責任を持って持ち歩くのか?
という質問だった。
法要の後のお斎や、返礼品のことは頭にあったものの、香典を持ち帰らなければならないということは、すっかり頭から飛んでいた。
一番、大事なものを!
お斎の席で、親戚中の笑い話になった。
長い音のクラクションを一笛
ロングホイールベースの霊柩車は、大きく旋回しながら、斎場から県道へ出た。
佐世保市の火葬場は3カ所
人口26万人の町としては十分な規模である。
東京では、火葬場の混雑のために、死後一週間以上待たされることもあると聞く。
佐世保の火葬場は「友引」の日は休業するが、それをはさんだとしても、最大4日待ちである。
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