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2017年3月12日 (日)

うんこは家でしてこい!

トイレのドアにはバネが仕込まれていて、空室の場合、個室の内側に向けて開かれている。
ドアが閉まっている場合、そこが「使用中」であることが一目瞭然だ。
昔のように、コンコンとノックして「入っていますか?」と聞くことはない。


5つある個室の4つはドアが閉まっている。
タベイさんは、足早に残り1室を確保した。
時には5つとも塞がっていることもある。
切羽詰まって、駆け込んだトイレがすべて塞がっていると、誰もが途方に暮れる。
それでも他の階へ行けばなんとかなるが、多忙な人にとっては時間が惜しい。

トイレが満室になるのは、朝一番やお昼過ぎといった人々の排便が集中する時間とは限らない。
この日も15時を回っているというのに、80%の稼働率だ。

かつてタベイさんは、朝礼が終わると競ってトイレに駆け込む若手に向かって「うんこは家でしてこい!」と活を入れたこともあった。
それは「あと10分早く起きて、ゆとりを持って1日を始める習慣を身につけろ」という意味を込めた助言だったが、その真意を汲んだ若者は皆無だった。

それが今や、トイレはタベイさんの安住の地となっている。


タベイさんはズボンを下ろして便座に腰掛けるや、スマホを取り出してゲームアプリをタップ。
お昼休みの続きに取りかかる。


ぷ~~
右となりの個室から放屁の音。
下品だな・・彼は苦虫をかみつぶすが、ここは本来、そういう場所であって、スマホを操作する場所ではない。

数分後、左となりの個室から水が流れる音がして、ドアが開く音がした。
みんな、こんな時間に本当にうんこしてるのか・・
そう独りごちるタベイさんはといえば、静かなもの。
ただ、トイレを出る時には、トイレットペーパーをカラカラと大きな音を立てて引き出し、ダミーで水を流す。
排便目的でここに居たように装うためだ。


15:20
彼のゲームは佳境に入っていた。
いつもならば、15分程度で職場に戻る。
そろそろ切り上げ時だが、いいところだからあと少し・・
そう思った時だ。

こつこつ
それはドアが反響しないよう、触れる程度のノックだ。

タベイさんは、口から心臓が飛び出しそうになる。
昔のトイレとは違い、空室を確かめるためにノックする人はいない。
そのノックは「入っていますか?」という疑問符によるものではない。
彼が経験したことのない、全く新しい事態が起きていることを瞬時に察した。


どうしたらいい?
タベイさんは、ここ数年経験のない速さで頭を回転させ「沈黙を守る」という結論を出した。
相手の出方を待った方がいい。
ヘタに声を出せば、ここに居るのがタベイだとわかってしまう。


わずか数センチのドアの向こうから、次なるアクションはない。
気配で察するに、相手は1人のようだ。
時間が過ぎる。
相手もだんまり作戦なのか?
しかし、このままでは職場に戻れない。

膠着した時間は、実際には5秒~10秒程度だったのだろうが、タベイさんにはその10倍にも感じられた。

こんっこんっ

今度はドアの板が反響した。いよいよ相手が意を決したのだ。

3月14日につづく

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