本を読むだけでぎっくり腰が治ったロジック
話しは今から15年前に遡る
当時、椎間板ヘルニアを患っていた。
俗に言う「ぎっくり腰」である。
初めてのぎっくり腰を煩って5年が経っていた。
それ以降、定期的に「ぎくっ」とやってしまう
「腰痛は習慣になってしまう」「くせになる」という人がいる。
だが、腰痛癖という因子があるとは思えない。
もしあるとしたらそれは人の脳にある。
つまり「忘れてしまう」ということだ。
腰痛を抱えたままの暮らしは、あらゆる動作が制限されて辛い。
寛解してしばらくは「もう次はやるまい」と気をつける。
しかし人は「喉元過ぎれば熱さを忘れる」
前屈みになって髪を洗う、靴紐をむすぶ
立ったままステテコ(ヒートテック)を脱ぐ
こうした動作が「ぎっくり」につながることを忘れ、ついやってしまう。
この時もそういった繰り返しをしていた。
痛みに耐えかねて総合病院を訪ねた。
病理(相手の正体)をデータで明確に知りたいと思ったからだ。
MRIを撮ってもらうと、写真にはくっきりと「はみだした」ヘルニアが映っていた。
これか・・
医師は言った「ここは治療はできませんので、あとはこの写真を貸出ますから、かかりつけの病院をつくって、そちらで牽引などをおこなってください」
そんなある日、図書館で「腰痛は怒りである」という背見出しの本に惹かれた。
奇妙なタイトルだ。腰痛が怒りなわけがない
しかし、腰痛の身としては藁にもすがりたい。
いや、むしろ既知の概念ではないこの本だからこそ、そこにヒントがあるのかも知れない。
結論から言うと、この本を読んだだけでぎっくり腰は治った。
MRIの写真には、くっきりと「はみだした」ヘルニアが映っている
物理的な病理がそこにある。
そんな裏付けがあるというのにだ。
ではなぜ、本を読んだだけで腰痛は治ったのか。
そのロジックは著作内容に触れるため、詳しくは割愛するが、自分はこう考えている。
自分は怒りの感情に支配されている
↓ ↓
でも自覚していない
↓ ↓
カラダは明確なカラダの反応として痛みを発生させて警告する
↓ ↓
人は「腰痛が起きた」ことをとらえ「痛み」に対処しようとする
これでは腰痛は寛解しない。
「腰痛は怒りである」のロジックはここからだ。
つづく
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