游於藝
デパートを出て、空を見上げると状況は思わしくない。
日は陰り、翌日の台風到来を暗示している。
カーナビに次なる目的地をセット
茨城県水戸市三の丸1-6-29
「講道館(こうどうかん)」は柔道の総本山で道場は東京にある。
「弘道館(こうどうかん)」は江戸時代は第九代水戸藩主の徳川斉昭が創設した藩校
1841年に文武修行の弘道館、娯楽の偕楽園を同時期に作った。
ここも駐車場は無料。
結局、水戸にいる間、一度も駐車料を払わなかった。
入場料を支払い正門をくぐる。
シルバーウィーク3連休の初日だが、人影はまばら。
正門をくぐると右手にお土産店がみえた。
帰りにあそこに寄ると決めて館内へ進む。
弘道館、偕楽園をつくったのは徳川斉昭だが、この旅に向けてしらべるまで、僕はその名を知らなかった。
大学受験では「日本史」「政経」を選択したので、本来ならばそこで知っておくべきなのかも知れないが「日本史」は苦手だった。
ではなぜ苦手な日本史を選択したかというと、世界史はもっと苦手だったし、地理は訳が分からなかった。倫理社会という手もあったが、当時それは邪道という空気があった。
「受験生なら正々堂々、日本史ばとらんかい」
と進学指導主任に言われたわけでもなく。
「受験生なら正々堂々、日本史ばとらんかい」
と進学指導主任に言われたわけでもなく。
こうして水戸を訪れると、現代に残る遺構にその功績が残る徳川斉昭だが、全国的に有名なのは第二代藩主徳川光圀、通称水戸黄門。水戸駅前や千波湖に銅像が建っているのも徳川光圀のほうだ。
もう少し「斉昭推し」てもいいんじゃないか
各部屋には音声ガイド装置が設えてあり、行く先々でボタンを押してその説明を聞く。
やがて広い庭の前に出た。
そこは正庁南面
庭にみえるその広場は当時の対試場
正門、正庁、至善堂は戦火を逃れ当初のまま現存しており、国の重要文化財。
そっと柱に触れてみる。
ここを徳川斉昭も触れただろう。
扁額には「游於藝」の文字
「げいにあそぶ」と読む
論語の「子曰、志於道拠於徳、依於仁、游於藝」からとって、徳川斉昭が書いたもの。
藝とは礼(礼儀作法)楽(音楽)射(弓術)御(馬術)書(習字)数(算術)の六藝。
「学問武芸に悠々楽しみながら勉強する」の意を成す。
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