下関駅はなぜ、こんなことになってしまったのか
再び駅構内に戻り土産もの屋をのぞく
ここはセブンイレブンがJR西日本管内の駅構内で展開する「おみやげ街道」
1時間前に立ち寄った博多駅新幹線改札内にも同店舗があった。
「うに」「萩焼」「外郎」明後日の買物のあたりをつける。
「外郎」は元祖といえる「御堀堂」がない
日本酒は獺祭はあるものの銘柄が少ない
子どもの頃、好きだった「ふぐ汁粉」はもうない
店頭に設置されたガチャポン「山口フィギュアみやげ」は回したい
東口はなんだか訳がわからなくなっていた。
昔は広く視界が開けていて、そこにはバスやタクシーのロータリー。
その先にシーモールがあったと思う。
田舎町から出てくると、都会に来たなぁという高揚感を感じられる場所だった。
空が見えない
「人工地盤(英語名称 pedestrian deck)」とやらが頭上を覆う
お日様が出ているいないに関わらず、人は空を隠されると方角を失う。
2006年1月7日、下関駅東口駅舎が放火により全焼
2014年3月、JR下関駅が全面リニューアル
東口がおかしなことになって、3年が過ぎている
下関駅を定義するならば「写真の撮りようがない駅」
駅の全容が見えない
帰京後に画像検索したところ、全容の写真が見つかったが、こんな景色は駅にいる限り見えなかった。
遠くの高いビルから撮ったものだろう。
初めに、明後日の山口宇部空港行き高速バスの乗り場(2A)を確認。
これは東口を出てすぐの所にあり、わかりやすい。
その先に「マラソン会場」の立て看板が1つ。
1万人からのランナーを歓迎するには、とても地味である。
参加人数でほぼ同規模の「長野マラソン」の場合、駅内外の至るところで「あぁ歓迎されているな」という実感が沸く仕掛けが成されている。
さて、子どもの頃から体にしみ込んだ方向感覚を駆使して、抽象的に親戚の家をめざして歩き始める。
しかし、1分も歩くとそれが間違っていると体内磁石が警告してきた。
方向感覚はいい方なのだ。
スマホを取り出して道案内を頼むと、当初の方向は90度ずれていた。
マラソン以上に、親戚の家から出陣することに緊張している。
いつもの「旅マラソン」ならば、決めておいた時間に食事に出かけ、翌朝の献立をコンビニで調達して宿に戻る。
そして予定の時間に風呂に入り、早めに床に就く。
人には、未体験のことを不安に感じる人と、何も感じない人がいると思うが、僕は後者だ。
過去を振り返るより、未来を予測することは楽しいことと肯定しているが、その予測が詳細過ぎて、不安を感じてしまう。
朝ご飯は持って行った方がいいかな
いや、泊めてもらいながら「おかずは持参しました」などと言えば、変わり者だと思われるな
余計なことはやめよう・・
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