福岡国際マラソンの歴史
福岡国際マラソンは、福岡市で行われるエリートランナーの冬マラソン。
コースは「平和台競技場」を出て一旦福岡市の西端まで走った後、一気に市内を駈け抜けて東区へ。香椎で折り返して西に走り平和台競技場に戻る。
「観光名所を巡る」というわけではないが、福岡市の中心部を走るので、博多を知るランナーならば一度は走ってみたいコースだ。
しかし、走ることができるのはエリートランナーのみ。
市民ランナーは走ることができない。
もしも2時間10分以内で走る市民ランナーがいれば、話しは別だが。
市民ランナー向けには2014年から「福岡マラソン」が始まった。
しかし、コースに魅力が乏しい。
天神をスタート西へ向かい、シーサイドももちのあたりまではハイテンションで居られるのだが、その後がいけない。
姪浜で折り返して市街地へ戻る「福岡国際」と違い、そのまま糸島へ突き抜けてしまう。
「糸島」と言えば、今やカキ小屋を初めとして、ちょっとしたグルメブランドとしてもてはやされているが、ランナーはレース中にカキを食べるわけではない。
コースの後半はほぼ田園レース。
「かすみがうらマラソン」を走っているようなものだ。
糸島に親戚がいる人以外は、ゴールが近づくにつれて人里離れていくコースにテンションが下がりっぱなしになるだろう。
エントリーは第1回から抽選制
その当選倍率は以下のように、下がり続けている。
2014年 5.1倍
2015年 4.3倍
2016年 3.9倍
2017年 3.5倍
できれば福岡国際マラソンのコースで市民マラソンを作って欲しかった。
しかし、一度始めてしまったものは、なかなか引っ込みがつかないだろう。
【 福岡国際マラソンの歴史 】
1947年
「金栗賞朝日マラソン」開催 これが第1回大会にあたる。
1955年
「朝日国際マラソン」と改名
1966年
第20回大会で「国際マラソン選手権」と改名。国際大会となる。
この時「マラソン世界選手権」という名前にしようとしたが、世界陸連の反対にあって断念した。
デレク・クレイトンが2時間9分36秒で優勝。
日本国内レースでは初のサブテンだった。
1970年
宇佐美彰朗が優勝
「国際マラソン選手権」となって以降、日本人としての初優勝だった。
1971年
この大会からフランク・ショーターが4連覇
1974年
「福岡国際マラソン」と改名して現在に至る
1978年
この大会から瀬古利彦が3連覇
2011年
第65回大会、川内優輝が日本人最高の3位に入った
2015年12月6日
世界記録(2時間2分57秒)を持つデニス・キメットが出場
2017年12月3日
大迫傑がズーム ヴェイパーフライ 4% 2ndを履いて初出場
参考文献
宇佐美彰朗「マラソンひとりぼっち」
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