お先にドロンします
サトウさんは家路に就こうとして、パソコンを閉じて、カバンを持った。
まだ定刻の17:30を過ぎたばかりで、周りの席の人は皆、仕事をしていた。
好景気による人手不足で、誰もが忙しく、たまたま早く終われたと言えども、サトウさんは少し気が引けていた。
「お先にドロンします」
スズキさん(40台女性)
「おつかれさまでした(笑)」
上町くん(30台男性)
「おつかれさまです(笑)」
新人のマリちゃん
「・・・?」
3者3様の反応
だが、3分の2の確率でギャグが滑らずに済んだことで、サトウさんは救われた思いがした。
後ろの列で背を向けている派遣社員のヤマダさんも、振り向きこそしないものの、このやりとりを好印象を持って見てくれているような気がした。
幸せな気持ちでタイムカードに手を伸ばそうとしたところで、サトウさんはメガネを間違えたことに気づく。
このまま帰ろうかとも思ったが、やはり、見づらいので戻ることにした。
自分の机に戻ってきたサトウさんに声がかかる
スズキさん(40台女性)
「おはようございます(笑)」
上町くん(30台男性)
「早いですね(笑)」
新人のマリちゃん
「・・・?」
「いや、ちょっとメガネを間違えてね」
サトウさんが言い訳すると、上町君が食いついてきた。
「サトウさんって、いくつもメガネ持っているんですか?」
明らかにデザインが違うメガネを使い分けているので、周りもそれは認識していると思っていたのだが、それは違うようだ。
確かに、自分だって、となりのスズキさんが昨日と同じ服装で出社していても気づかないし、髪型を変えたってわからないだろう。
人は人にそれほど、関心を持っていないと言うことだ。
「うん、通勤の時は遠くが見えるメガネ。パソコンをする時は、近くに焦点が合うよう度数を下げたメガネ」
上町君「やっぱり、メガネは使い分けた方がいいんですかねぇ」
そこで説明する。
遠くが見えるメガネだと、すぐ近くのパソコンだと・・
ここでまた、彼のギャグの虫がうずいた
わずか0.2秒、海馬が過去の記憶から聞きおぼえのあるフレーズを呼び出す
見えすぎちゃって、困るのぉ~
スズキさん(40台女性)
爆笑
上町くん(30台男性)
失笑
新人のマリちゃん
「・・・?」
この元ネタって何だっけ?
と言いかけたが、仕事を終わった人が、勤務中の皆さんを雑談でひっぱるのは not cool
それじゃ、再びドロンします
場の空気が和むのを背中に感じながら、事務所を後にしたサトウさんは、帰りの電車で「見えすぎちゃって、困るのぉ~」を検索することにした。
(1980年~1990年代マスプロアンテナのCMだった)
インターネットがない時代ならば
「え~、これってなんだっけ?」と誰かが悩むと「最近、物忘れがひどくて」と周りが応じ、その場に誰もわかる人がいないと「あの人だったら、わかるかも」と「詳しそうな人」に電話をかけて聞いたりしていた。
今は、記憶の不備を嘆くことなく、新たなる思考に集中できる。
時代はポジティブだ。
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