MRI評論家になれそうだ
手術からもうすぐ3年になる。
その日、僕は仕事を休んで、山手線の駅にほど近い雑居ビルにやってきた。
時間は朝9時前、駅から吐き出された誰もが、ねずみ色のユニフォームを着て、それぞれの会社を目指していく。
この中に、1人でも「会社に行くのが楽しいな、るんるん」と思っている人がいるだろうか?
居ないだろうな。
いや、もしかすると職場に愛くるしい新人のマリちゃんがいて、今日も会えるな、嬉しいなと思っている人はいるかも知れない。
でも、そんな人は恐らく全体の3%以下だろう。
いつもとは違う立場の僕が、いつもならば、その一味である自分へ自嘲している。
その雑居ビルには、MRIの機械を備えた検査クリニックが入っている。
小さい看板が出ていなければ、誰もそこにMRIの検査施設があるとは思わないだろう。
手術を受けて以来、半年に一度、病理が再発していないかを確認するためにMRIをとっている。
当初は手術入院した堂下総合病院でとっていたが、2年経った時、主治医の牧野医師から「今後はここに行ってください」と告げられた。
大病院が「かかりつけ医師」と連携しなければならぬように、術後検査もいつまでも診ることができないのだという。
受付を済ませるとすぐに簡単な問診があり、着替えをする控え室へ通される。
前回来た時「ヒートテック(保湿性肌着)は脱いでください」という注意書きがあったことをメモしておいたので、無地のTシャツを着てきた。
ヒートテックも今や、医療施設から禁止着衣に名指しされるほどの「国民的下着」となったわけだ。
アンダーアーマーの特殊プリントが施されたコールドギアなどもNG。
脱いだ服をロッカーに仕舞い、鍵をかけて首から提げる。
内側から鍵を開けて更衣室を出ると、目の前に順番待ちのおばちゃんがいて、僕をチラ見した。
僕は視線を合わさない。
もしも、深田恭子がそこに居たら、少し見たかもしれないが、このような場所ではそうするのがエチケットだと思っているからだ。
すぐに名前を呼ばれて検査室へ通される。
僕の担当は、大学のインターン風情の女子。
名札には「佐々木」と書いてある。
彼女は小気味よく(「こぎみよく」ではない)
検査へのステップを進めていく。
彼女は小気味よく(「こぎみよく」ではない)
検査へのステップを進めていく。
「最終確認になります。ネックレス、入れ歯、手術で体内に金属を入れたりしていませんよね?」
ありません
「手術されたことはありますか?」
だから、ここに来てるんですけど。。
とは言わず、ただ絶句しているとそこはスルー。
とは言わず、ただ絶句しているとそこはスルー。
「メガネをお預かりします」
あ、これもですよね。とロッカーキーを首から外そうとすると
「いえ、それは大丈夫なんです。MRI対応なので」
そうか、磁力に反応しない素材ということか。
そういう点でいうと、いつもMRI室で渡されるヘッドホンもそうなのだろう。
MRIも20回を超えるベテランになってくると、MRI設備の評論家になれそうだ。
音楽について言えば、ヘッドホンで聴かせてくれる病院と「そういうのはやっていません」というところがある。
このクリニックでは「ご自分でヘッドホンをつけてください」とヘッドホンを手渡される。
あの「工事現場のような騒音」からの遮音のためらしいが、ヘッドホンからは施設内の廊下と同じリラックス・ミュージックが流れている。
一度だけ「ロック」が流れてくる病院があったが、落ち着かなくて困った。
僕がヘッドホンをつけた後に、佐々木さんがナースコールボタンを手渡して何やら説明するのだが、音楽にかき消されて何を言っているか聞きとれない。
まぁ「気分が悪くなったらこれを押してください」に決まっているからいいのだが。
しかし、これからMRI装置に吸い込まれるという状況で、担当者の説明が聞き取れないのは不安要素だな・・
結局、この日、不安を感じたのはこの一点だけ。
「目を開けていれば、MRIは全然怖くない」
ということに一年前に気づき、もう僕はMRIの恐怖から解き放たれたのだ。
それ以来、怖くもなければ、緊張もしない。
従って、およそ20分の「工事現場体験」の後半は気持ちよく寝ていた。
寝ぼけていて、施錠されていない更衣室のドアにロッカーキーを挿そうとしたところを、佐々木女子にしっかり見られた。
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