驚異の定年退職スピーチ(1)
サトウさんが定年退職をむかえる日がやってきた
ということは、その日がサトウさん60歳の誕生日
大半の民間企業がそうであるように、サトウさんの職場も満60歳を迎えた日が定年と決まっている。
雇用延長制度を選択しないサトウさんはこの日が最後の出社となる。
彼の職場では朝礼は行われていないが、その日は特別に朝礼が招集され、その場で挨拶の時間が設けらることになった。
サトウさんはこの日この時のために、ずっとスピーチを考えていた。
記憶が定かではないが、始めは50歳を過ぎたころだったと思う。
それまで数多くの先輩を見送り、そのお別れスピーチを聴いてきた。
そして、その大半は紋切り型の話だった。
皆さんに大変お世話になった。
皆さんのおかげです。
このご恩は一生忘れません。
本当か?
いつも、サトウさんは心の底で突っ込んでいた
本当にお世話になった人は、既に退職した先輩たちじゃないのか?
今ここにいる部下や後輩たちには、むしろ世話をしたのじゃないのか?
年下の上司にはけっこう虐められたんじゃないのか?
だいたい、このメンツのどこにどう世話になれるというのか
もちろん、そこはぶっちゃける場でもなければ、捨て台詞の最後っ屁をかます場ではない。
日本には「立つ鳥跡を濁さず」という言い伝えがある。
誰もが心にあろうがなかろうが、感謝の気持ちを述べて去って行く。
それが「予定調和」というものだ。
だが、サトウさんは先輩の話を聞く度に「自分はちょっと違うことを言いたい」と考えていた。
かと言って、跡を濁すような話しをするのは本意ではない。
それでいて、どこかユーモラスで、聴衆に一撃はいるようなスピーチ。
基本的にはそこにいる人たちへの「感謝」がベースになる。
ただ、心にもない歯が浮きそうな感謝を述べて偽善者になる必要はない。
そうだ。本当に世話になった人を見つけ出して、そのエピソードで感謝を述べればいい。
話しの柱が決まったのは3年前。
それから、時折思い出して、ネタ帳に書き留めてきた。
そして、いよいよサトウさん定年退職の日
9時からの朝礼前、珍しくネクタイにスーツのサトウさんがスズキ部長と談笑している。
いつもならば、この時間、忙しそうにメールを読んでいるスズキ部長だが、さすがにサトウさん最終日とあって、ホスピタリティを見せているのだ。
花束は用意されていない。
つづく
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