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2018年11月17日 (土)

中心地は榎津から浦桑へ。国丸書店の移転

旧道から見下ろすとそこには客船のターミナルらしき建物があった。昔これはあっただろうか。切符を買って人が乗っていたのだろうから、きっと何らかの施設は当時もあったはずだが、切符は母親が買っていたので、まったく覚えていない。
40年前、僕はこの港から五島を後にした。
その日も今日のように空は晴れていて、僕も晴れ晴れした気持ちだった。


榎津には「新魚目町」の役場があり、町の中心だった。
商業においても中心であり、町内唯一の書店であり文房具屋である「国丸書店」があった。
僕はここで全財産200円を投じて、毎月、講談社の「テレビマガジン」を買った。
「仮面ライダー」のファンだったからだ。
口の悪い友達は僕を「仮面ライダーきちがい」と呼んだ。
今でこそ、炎上必死のNGワードだが、当時は「ばーか」というのと同じくらい、人々は気軽にこの言葉を使っていた。
僕が大学生の時には「佐野きち」=佐野元春きちがいと陰で呼ばれていたらしいので、けっこう長いこと、そういう時代だったのだ。

毎月のおこずかいが200円。テレビマガジンも200円。
他にはなにも買わなかった。
では「仮面ライダースナック」はどうやって買っていたのだろう?と今不思議に思ったが、恐らくお年玉を貯めておいて、それを小出しに取り崩して使っていたのだろう。

僕のおこずかいが200円であることが、なぜかPTAつまり、よそのおばさん達の知るところとなり「あそこの家は子どもにたった200円しか渡していない」という陰口が母の耳に入ったことがあった。
僕はそれを母から聞いたが、僕がそれでいいと思っているのに余計なお世話だよね。と笑い飛ばした記憶がある。
子どもの頃から、なんでもかんでも欲しがらず、我慢するということが身に付いていたので、月に一度テレビマガジンが買えるだけで、僕は幸せだった。
もしかして、そういう話しが出ているから300円にしようか?と母が言い出すかと思ったが、それはなかったので、ほんの少しがっかりした。

国丸書店は廃墟となっていた。
ちょっと衝撃だったが、これは翌日、浦桑の上五島高校前に移設されていることを発見した。
新たに旧魚目の、いや上五島の中心にのし上がった浦桑へと、場所を移したのだ。
国丸の移転は、かつての中心地である榎津から、新興かつ唯一の勝ち組となった浦桑へ、栄華が移ったことの最もわかりやすい証左だろう。

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