浦桑にある離合場所
浦桑の散策は、あっという間に終わった。時間にして30分くらいだったろうか。
町自体が狭いのもあるが、僕が知っている同級生たちの誰とも出会えなかったからだ。
こんな時、僕は友達が少なかったのだろうかと自問する。確かに僕は通学する時はいつも1人だった。誰かと一緒に歩くと相手のペースの遅さにいらいらするのだ。
それに、通学路で横一列に並び、集団の中での位置取り、仲間の中での存在感を確認しながら徒党を組むなんて、まっぴらゴメンだった。
心通う友達というものは、それほど多いものではないのだ。そう言って自分を納得させる。
さぁ次は榎津だ。
榎津と書いて「えのきづ」
魚目小学校は榎津にある。
転校生が来ると、田舎者は恥ずかしげも無く、転校生に群がる。
「うんはどこすんどっとや」
(君は何処に住んでいるのか)
浦桑たい!
(生まれつき順応力の高い僕は、第一声から現地の言葉で喋ることができる)
「ここは、えのきづぜ」
(ここは榎津だよ)
え゛?
ここで小学生にして親父ギャグ(当時はダジャレと言っていた)を使いこなしていた僕が一発いく。
絵の傷のついとらんやん
(壁際の額縁を指さして)
どっと田舎者が湧く。
こうして「本土から来たいけすかないお調子者」というレッテルが貼られるのだが、その時はそんなことはわからなかった。だって僕は子どもだったから。
カーナビは要らない。
榎津を目指し、ワゴンRに乗ってかつては海沿いだった道を往く。すると海沿いの道に出た。
あれ?おかしいな
僕が知っている道ならば、ここから浦桑の町中を抜けて、中口医院のところから急な坂を上るはず。
そういえば、海沿いに新道ができていると「Google先生」が言っていた。これは新道なのだ。
Uターンして旧道への入口を探しに戻る。
入口を見つけ、旧道に戻ると懐かしい「離合場所」に出た。
今年の春先からずっと、これを写真に収めたいと思っていたのだ。
浦桑の海沿いの道は、道幅が狭いため、路線バスと一般車両が行き交うことができない。
ほとんどの場所はガードレールもなく、僕は毎朝「よく誰も海に落ちないよな」と思いながら、その海沿いの道を歩いていた。
一時間に一本程度だが、西肥バスがやって来ると、対向車線のクルマはこの「離合場所」に入って、バスをやり過ごす。
写真中央に見えているのは川ではなく海。その右側は埋め立てて作られた陸地。
左側の道路から海に向かって台形のようにせり出しているのが「離合場所」で、そこだけはガードレールが敷設されている。
新魚目町でこのような海にせり出すカタチの離合場所があるのは、浦桑だけ。
その中で今も残っているのは、ここ一カ所のようだ。
その中で今も残っているのは、ここ一カ所のようだ。
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