マリちゃんの自転車 トラブルに気持ちが塞がない訳
自転車を壊せば「器物損壊」
それは刑事罰であり、被疑者と断定されれば逮捕されることもある。
そうなった場合、学生であれば「就活に響く」ということは容易にわかるし、社会人であれば査定に響くだけでなく、その後の人事に暗雲が垂れ込める。もちろん会社にばれた場合だが。
それに、私が民事訴訟を起こせば、自転車の弁償、慰謝料の支払いといった費用も発生する。
いずれにせよ「むしゃくしゃした」程度の気持ちで行うにはあまりに代償が大きい。
大の大人がやることとは思えない・・
マリちゃんは、ここでイメージの世界から一旦離れて、現実路線に立ち戻る。
できれば、穏便に済ませたい。
それを第一義に考えよう。
自転車は廃棄するしかない。
買ってから7~8年が過ぎ、かなりくたびれており、何らかの保険が下りたとしても「評価額は千円です」とか言われそうな代物だ。
今回は勉強代を払ったと受け止め、これをいい機会と捉えて、憧れの電動自転車でも買うか。
被疑者が特定されて一定の補償が得られたとしても、近隣住民との間にしこりは残る。
もしも、問題がこじれるようなことになり怨恨が生まれるようならば、報復に怯えなければならない。そんなことでは、ここに長くはいられなくなる。
せっかく、気に入って移り住んだばかりのこの町をすぐに出て行くのは回避したい。
一生のうちに「自転車を盗まれる」という経験をする人は多いが「壊された自転車が目の前に残っている」という経験をする人は少ない。
従って、こういう時、警察に被害届けを出していいものか、出すべきなのか、それずらもわからない。
ただ、何もしないでスルーというのも気味が悪い。
その晩、マリちゃんは不動産屋に一通のメールを送り、できるだけ穏便に済ませたいことと、客観的な状況だけを伝えた。
不動産屋からはその日遅く、返信が届いていた。
「明日、防犯カメラの映像を確認して、またご連絡します」
翌日、会社でもちょっとしたトラブルがあった。
マリちゃんが提出したはずの報告書が先方の部署に届いておらず、先方から「怠慢ではないか」と上司に抗議が入り、仄聞した同僚からは「仕事の品質が低すぎる」という非難の声が上がったのだ。
一体何が起きているのかわからなかった。
ただ、不安の雪が屋根まで積もるといった追い詰められた感情もない。
いつもなら憂鬱なこともサンバのリズムにきこえる・・
悠長な状況ではないにも関わらず、マリちゃんの気持ちは不思議と重たくはならなかった。
どうしてだろう?
いつもならば、言われなき非難には心を痛めるし、気持ちが塞ぐというのに。
そして、すぐに名探偵マリちゃんは気づく。
あ、そうか。
得たいの知れない相手に自転車を壊されたという恐怖感が、相対的に「その他の恐怖」を押しのけているのだ。
さらに分析する。
待てよ?だとすれば、恐怖も場合によってはウェルカムということか。
つづく
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