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2019年9月10日 (火)

変わらない新天町、跡形のないフタタ

新天町の商店街は昔と風情が変わらない。
だが、お店はほとんど入れ替わっているのだろう。

学生の時に「博多どんたく」の新天町部隊のアルバイトをしたことがあった。部活の先輩から「ゴールデンウィークヒマやったら、バイトせんや?リアカー引くだけばい」と誘われたのだった。
目立ちたがり屋の僕にとって、数百万人の人出がある天神・中洲の町中や部隊を闊歩できて、お金までもらえるのは、これ以上にない美味しい話しだった。

あの頃、あったあの店もこの店も、今はもうその場所にない。それは数年前にチェック済みだ。
まったく昔と変わらぬ佇まいでそこにあるのは積文館と金文堂、マクドナルドとメガネの落合くらいだろうか。

ここで天神地下街に潜る
「博多の女性はキレイか」
というのは地元の女性でもそう言っている。
特にそれが顕著なのが、ここ天神地下街。
照明が薄暗いから・・
というわけではなく、やはりここはいかした女性が気合いを入れて集う通りなのだろう。
ただ、この日は外国からのお客様と、夏休みで町に繰り出した高校生があまりに多く、いつもの「天地下」とは異なる雰囲気だった。

天地下を北の端まで歩き、久しぶりにフタタがどうなっているか?を見に行くことにする。
そもそも、まだあるのだろうか。

地下一階から店に入ると、衣料品が置いてあるのでどうやら僕はフタタに来ているようだが、昔とは趣が異なる。
僕にとって、フタタといえば「安くて服が手に入る、ありがたい店」
今ならばユニクロに行けば、誰からも褒められないけれど、誰からも後ろ指は指されない小綺麗な服を揃えることができるが、当時、学生の僕の予算で服を買うにはフタタの安売りが頼りだった。
僕が通っていた学校は、地元福岡から通う若者が多くて、皆そこそこに洒落ていた。高校の頃から「私服」に慣れていて、着こなしてきた人たち、つまりファッションセンスのある人たちだ。

一方の僕は「四ケ町を歩く時は制服で」と決まっている学校であることをいいことに、私服など買ったことがない、私服については雌伏の時を過ごしてきた身。
突然、制服がなくなると、実に着るものに困った。

福岡に来て初めての夏が来た時、僕はフタタの「二着半額」セールに飛びつき、それまで着たこともないような服を買い、シャツとベストを重ねて着るという冒険もしてみた。
誰かが注意してくれればいいのだが「君の服装はファッションとして成立していないよ」と言いにくいことを言ってくれる人はおらず、僕は二年生の夏にも同じ過ちを繰り返した。

そこで、さすがに友達から「なんか、変だよ」と注意を受けた。今でも当時の写真をみると、なんじゃそりゃと思う。大量生産されたものの、買い手がつかなかったような品格に欠ける部品を重ね合わせたようなファッション。

ずいぶん久しぶりに足を踏み入れたフタタに、その面影は無かった。
エスカレーターで上階へ上っても、あるのはスーツばかり。
2008年11月、スーツ専門の旗艦店「FUTATA THE FLAG」となっていたのだった。

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