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2020年3月20日 (金)

聖火リレー走者像を見に行く

ギリシアで聖火が採火されました。
目に見えるカタチで五輪が動き出しました。
これから日本での聖火リレーが始まります。


僕はオリパラ・スポーツボランティアだけではなく、聖火ランナーにも応募しました。
応募できるのは全部で5口。4つの大会スポンサーと1つの自治体です。

■総数:1万人
■スポンサー枠:およそ7,500人(4社)
日本コカコーラ、トヨタ自動車、日本生命保険、NTT
■実行委員会枠:およそ2,500人(47都道府県)


僕は5つとも応募して、どれかに引っかかるつもりでしたが、実際には4つしか応募しませんでした。
応募しなかった1つは「東京都」です。
他のスポンサー4社の場合、それぞれ要項は異なるものの、すべて自力で応募できたのですが、東京都だけは第三者の推薦文が必要だったのです。

僕のいいところを作文して書いてくれないか?
なんて、恥ずかしくてとても言えません。

友だちにネタとして話すと「僕が書きますよ」と言ってくれましたが、辞退しました。どんな風に持ち上げてくれるのか?一瞬興味が湧きましたが、やはり、そこまでしなくてもいいと思ったのです。
そして、結果的にすべて落選。


従って、聖火リレーが地元に来た時は沿道に見学に行こうと思っているわけですが、その前に1度見ておきたかった「聖火リレー走者像」を見に行ってきました。

「聖火リレー走者像」
作者は北村西望。え、知らない?
ムリもないですね、歴史上の彫刻家ですから。
平和祈念像(長崎市)をつくった彫刻家といえば、あぁその人ねとなるのではないでしょうか。

聖火リレー走者像は、東京都大田区の「大田区総合体育館」のそばにあります。
なんで、長崎の人が東京に?と思いますよね?
北村西望は、長崎県南島原市(現住所表記)の生まれですが、23歳からは東京に住んで活動していたのです。
長崎の平和祈念像を落成させたのは71歳の時。
(北村西望は1987年に102歳で鬼籍に入りました)
平和祈念像の制作は、東京都から借り受けた井の頭自然文化園のアトリエで行われました。

そのアトリエを借り受けた恩義に報いるため、北村西望はその作品の大半を東京都へ寄贈しています。
また、それらは夜には鍵がかかる博物館の中に格納されているわけではなく、無防備なくらいに屋外に設置されているのです。
それを"無防備"と感じる僕のほうが、実はどうかしているのかも知れませんが。


平和祈念像落成から10年後、聖火リレー走者像は建立されました。

1964年10月
東京五輪1964の直前、大田区民の聖火ランナーが神奈川から東京方面に向けて国道15号線を走りました。


この道は地元では「一国(いちこく)」と呼ばれています。
現在は、箱根駅伝のコースであり、多摩川を渡って東京に入り、蒲田踏切(現在は高架)を過ぎたあたりです。さらに行って品川区に入ると新八ツ山橋です。

ちなみに、その北側を並走する国道1号線は「二国(にこく)」と呼ばれています。
東京に来た頃、地元の人が「にこく」というので、なぜ一号線なのに「二国」なのか、訳が分かりませんでした。

つづく

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