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2020年6月の30件の記事

2020年6月30日 (火)

DAZN連動You Tube番組は、できるだけ続けてほしい

J2リーグ【2節】
V・ファーレン長崎-ギラヴァンツ北九州

<後半>
ハーフタイムに北九州は2枚めのカードを切る
雨は止んできている

1分
毎熊晟矢が倒されてエリアすぐ外でFK。秋野のキックはGK正面

12分
髙橋にエリア内スルーパスが通りシュートを打たれる。高木和徹が手に当てて弾き出す 危ない!
高木和徹の守備は、今日も頼もしい

16分
長崎は同時に2枚替え
名倉巧→ルアン
富樫敬真→イバルボ
ルアンはJリーグ初出場。入ってわずか3分後、この2人がいきなり結果を出す

19分
ハーフウェイライン手前でボールを受けたルアンが長い距離をドリブル、イバルボとワンツーで戻ってきたボールを右足でクロスにコントロール
ルアン初得点
歓喜のスライディングが思いの外滑らず、膝を傷めたかに見えたが大丈夫だろうか

33分
エリア外から國分のシュートが決まり 2-1

35分
澤田崇→氣田亮真
毎熊晟矢→米田隼也

44分
加藤大→カイオセザール

最後まで緊迫したが、高木和徹を中心とした守備は安定しており、過去2年に見られた「自陣でイージーに行って奪われる」「苦し紛れに当てずっぽに蹴っている」シーンは皆無だった。

試合前後の両チーム握手は無し。
長崎の選手はピッチ上で集まってクールダウン
その後、一列に並び(メディアの)写真撮影に応える
いつもとは違うルーチン、去年は見られなかった光景だ。


<試合後談話>
ルアン
1節から出たい気持ちは強かった。出た時に何をしようとイメージしてきた。中断の4か月はとても効果的な期間だった

手倉森監督
九州ダービーをしのいだ。勝ち点3をとれてよかった
(外国人二枚替えはインパクトもあり得点もとれましたね?)
あれだけでしたね(笑)
お客さんがトランスコスモススタジアムに来れる状況になるまで絶対負けるわけにはいかない

DAZNではインタビューが続いている頃、You Tube公式チャンネルでは、明しゃちょーのトークが再開していた。

NPB、Jリーグ、もう何十年もやっているが、テレビ観戦者にとって試合と試合前後は分断されている。勝った余韻に浸れるのは、放送時間が余った時の野球中継だけだった。
試合内容はDAZN。試合前、ハーフタイム、試合後はYou Tube
これはいいじゃないか!
このまま、シーズン中もずっとやって欲しい。
V・ファーレン長崎には高田明がいる。

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2020年6月29日 (月)

初のリモートマッチ 明しゃちょー爆発^^;)

2020年6月27日 17:00
V・ファーレン長崎は You Tube公式チャンネルで特別番組を放送。
Jリーグでは無観客試合を「リモートマッチ」と表現している。
冒頭にJリーグが制作した映像が5分間流れる。
各球団がリモート応援企画ができるよう、Jリーグが制作したのだろう。

佐世保のジャパネット本社スタジオから高田明大使(以下、明しゃちょー)、ヴィヴィくんが出演。
ゲームとの連動企画はこれが初めての試み。
《2020リーグ再開記念!V・ファーレンSupportingチケット》は537名が参加したと発表された。

ユニフォームを着た明しゃちょー、若い!テンション高い!
彼が喋れば誰もが笑顔。もうこれはお笑い番組だ。
ヴィヴィくんも佐世保に来ている。明しゃちょーとヴィヴィくんという強力な2枚看板が居ることは、リモートマッチ連動企画を打つうえで、V・ファーレン長崎の大きな強みだ。

トラスタからは選手のアップの様子が中継される。
これは、ゲーム10分前からしか映像が見られない「DAZN観戦組」には嬉しい。


2020年6月27日 19:00
J2リーグ【2節】
V・ファーレン長崎-ギラヴァンツ北九州
トランスコスモススタジアム長崎
(無観客試合)

<スタメン>★out
GK 高木和徹
DF フレイレ 角田誠 二見宏志 亀川諒史
MF 秋野央樹 澤田崇★ 毎熊晟矢★ 加藤大★
FW 名倉巧★ 富樫敬真★

<ベンチ> ☆in
GK 富澤雅也
DF 徳永悠平 
MF 米田隼也☆ 氣田亮真☆ カイオセザール☆
FW ルアン☆ イバルボ☆

毎熊晟矢はJリーグ初スタメン

<試合前談話>
手倉森誠監督
日常にサッカーが戻ってくる。待ちわびていたサポーターの前で表現できる喜びを感じなければならない
過密日程は予想できた。誰が出てもいい準備。やり方1つでは勝ち抜けないので戦術のバリエーションを構築してきた。


センターサークルに審判、両チームの選手が輪を作り
医療従事者に感謝を伝える拍手を送る

<前半>
5分
右から名倉巧がためて毎熊晟矢がエリア内にドリブルで仕掛けてクロス
抜けたところに待っていた亀川諒史が右足でコントロールシュート
長崎先制!

7分
エリア内右から名倉巧の鋭いシュートはGKが足で跳ね返す。
好調が伝えられスタメン起用された名倉巧、やはりいい
コーチ、選手の声がよく聞こえる。DAZNで観ている限り、観客がいないことの違和感はない

15分
北九州最初のCK 雨がいっそう強まり、アンツーカーを叩く音をマイクが拾っている

22分
澤田崇がFKを獲得 秋野央樹のキックはフレイレのヘッドに合う。開幕戦の再現か?と思ったが枠の上へ外れる

23分
飲水タイム
コロナガイドラインとしてすべての試合で各ハーフの中間に設けられる
選手は個人のボトルを使用し、飲み回しは禁止

39分
北九州は生駒に替えて國分。5人枠を利用した早めの交替に出る

43分
北九州がリズムよくつないで攻める。椿のエリア内でのシュートを高木和徹が前に出てお腹に抱え込んでナイスキャッチ


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2020年6月28日 (日)

V・ファーレン長崎のニュースサイト「ViSta」を解約しなかった理由

6月18日10時
《2020リーグ再開記念!V・ファーレンSupportingチケット》
が発売された。

事前に500円、1000円、3000円の3種類があることは確認している。
ここは、おつきあいで500円にしとこうかなとページを開けた僕に、ジャパネットの広報力が突き刺さる。

こんな方におすすめ!
500円→ヴィヴィくんが好きな方
3000円→試合に臨む選手に熱い声援を届けたい!選手とともに一丸となって戦っていただけるサポーターの皆さま

むむっ
500円だと、V長崎は応援していないけれど、ヴィヴィ大好きな皆さんにカテゴライズされてしまう^^;)
3000円の「ゴールド」にはヴィヴィくんからのメッセージがない・・
ということは、500円と3000円の両方が必要ではないか

などと1人つっこみしながら申し込んだ
まさか、ここで「ぴあ会員ID」を聞かれると想わなかったので、少し手間取ったが

 

3月にコロナ中断に入った時は、関東アウェイ戦の開幕戦となる4月の味スタ(東京ヴェルディ戦)には間に合うかなと思っていた
一ヶ月過ぎると自分がサッカーファンであることを忘れ始めた
そんな僕にとってV長崎との接点だったのが有料記事「Vista」

ViStaはV・ファーレン長崎の情報が詳しい有料ニュースサービス。
クラブ設立以来、V・ファーレン長崎を見て来た藤原裕久(フリーライター)が執筆している。
身近で取材しているだけに、選手のチーム内評価、その時々のチームの雰囲気を臨場感を持って知ることができる。


コロナ中断の間、藤原さんはクラブに取材ができないなか、必死に新着記事を出してくれた。
それは、僕らファンの視点であり、共感して読むことができた
だからというわけではないが、解約はしなかった
550円という価格が手ごろというのもある
ここを絶ってしまうと本当にファンであることを忘れてしまいそうというのもある
でも本当のところは、長崎の人だから
(外国人が経営する「DAZN」は延期が決まった2週間後には一旦解約した)

ViSta
■月額:500円+税
■日割りなし(いつ申し込んでも、その月から請求開始)
これから12月まで「過密」な激闘がつづく。
7月1日から申し込まれてはいかがだろう。


2020年6月27日 19:00
J2リーグ【2節】
V・ファーレン長崎-ギラヴァンツ北九州
トランスコスモススタジアム長崎
(無観客試合)

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2020年6月27日 (土)

音が揺れるNational RQ-552 これがワウフラッター?

令和の今、インターネット記事やオーディオ専門誌で、時折ラジカセ&カセットが取り上げられている。
そこに「Nationalのラジカセは回転系が優れている」という記事が散見される。
いくつものラジカセを所有することはできないので、僕には目の前の「National RQ-552」しかない。ただ、それを使っている時は、回転系には少し不安を感じていた。
使い始めて1年が過ぎた頃から、曲の終わりがけに音が頼りなく揺れた。
テープの巻きが固いのか、モーターがへたってきたのか、あるいは音源がそうなのか、分析できるだけの知識も材料もない。ただ「あぁあまり揺れないでくれ」と祈るしかない

昭和の楽曲はフェイドアウトで終わるものが大半だった。
徐々に音が小さくなるのがフェイドアウト。突然ばしっと終わるのはカットアウト。
逆に音が始まる時はフェイドインとカットイン


かつて佐野元春がカットアウトについて語っている
(佐野元春の口調で)
「ナイアガラトライアングル2」の「彼女はデリケート」のレコーディングで、僕はこの曲をフェイドアウトで作っていたんだ。当時はそれが当たり前だったからね。ところが大瀧詠一さんは「何をやってんだ、佐野君!ロックンロールはカットアウトだよ」と言って、録り終えていた音源を編集してカットアウトにしてしまったんだ。こんなことができるんだ!って僕はスゴいなと想った」

ちなみにこの曲「出発間際にベジタリアンの彼女は東京に残した恋人のことを想うわけだ。そう空港ロビーのサンドイッチスタンドで・・」という科白で始まるが、僕は佐野元春が喋っていると信じて疑わなかった。ところが「あれは大瀧詠一が元春の口調を真似ている」と元春ファンから聞かされた。本当だろうか


このカットインなどの用語は「RQ-552」を買った時に、おまけで付いてきたラジカセ読本で学んだ。恐らくNationalがどこかの版元に委託して作らせたものだろう。
この本は実によくできていた。
「ナマ録」「エアチェック」「ミキシング」というラジカセの楽しみ三本柱と「BCL」について、イラスト付きで易しく解説。コミックス一冊くらいの分量にまとめている。
読み進めるにつれて、これからこのラジカセと共に広がる楽しい世界を夢見ることができた。
今でもふと読みたくなって、ネットで検索するのだが「Google先生」の耳には届いていないようだ。
誰か同じ思いをした人が何処かにいないだろうか。当時を知るラジカセファンと、いろいろと話してみたいと想う。

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2020年6月26日 (金)

「Fリク」でハガキが読まれなくなった理由

FMリクエストアワー通称「Fリク」で僕のハガキがぱたりと読まれなくなってから1年が過ぎていた。
それでも僕は番組を聴き続けていたし、リクエストハガキも送っていた。
それは、この番組が最新のシングル曲を仕入れる唯一の頼りだったからだ。
(アルバムは「夕べのひととき」で入手)

そんなとき、こんなハガキが読まれた
「以前はいつも読まれていたのに、最近はぴたりと読まれなくなり枕を濡らしています。それでもこの番組はいつも応援していますよ」
DJの2人(男女)が応える

女「それは申し訳ないですねぇ」
男「そうですねぇ、ただ、たくさんの方から(ハガキを)頂きますからねぇ」
女「これからも、懲りずにリクエストをお待ちしています」

録音していたわけではないが、記憶を辿ればおよそこういう文脈だったと想う。40年前のことをこれだけ覚えているのは、それが、僕が探していた答えだったからだ。

この1年間、なにか僕に落ち度があったのか?放送局としてそういう方針に転換したのか?ハガキが読まれない理由を探して堂々巡りをしていたが、答えは見つからなかった。
そこにあるリスナーから嘆きのハガキ。これで僕の悩みは氷解した。
僕だけじゃなかったんだ・・

その日は、徐々に日が長くなる春先だったが、時間帯は恐らく5時を回っていて、日が長い日本の西端にある長崎でも、僕の部屋にはセピア色の夕べが訪れていた。


この話しを書くにあたり「Google先生」に「Fリクって知ってる?」と聞いてみると、どえらい詳しく知っていて驚いた。
世の中の人は、こんなに「Fリク」が好きだったんだ・・
そして、2020年4月からNHKがこの番組を「R1=ラジオ第1」で復活させる計画があると出ていた。

NHKのウェブページより
(引用ここから)
ラジオ第一の午前の新番組『らじるラボ』(月~金 午前8時30分~)内で、毎月第1、第3金曜で放送します。
(引用ここまで)

"大半の人がラジオはインターネットで聞いている"
という前提なのだろう。この番組は中波(AM)の番組として企画されているようだが「Fリク」をAMでやってどうする。それじゃ「Aリク」じゃないか。
「Fリク」の魅力はラジオの電波を捕まえて、カセットでエアチェックするところにある。
今でも、ラジカセやカセットデッキ+チューナーでエアチェックを楽しんでいるファンにとって、AM放送での復刻は興醒めである。

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2020年6月25日 (木)

読まれなくなったハガキ FMリクエストアワー

「◆さんはいつもハガキが読まれて羨ましいです」
他のリスナーのこんなコメントが紹介されたこともあった。
もちろん、僕は有頂天。足下を見つめて精進しますとは想っていない。

数年後、清岡教授退任の講義で
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」
という言葉を教えてもらった時は「早く言ってよぉ」と松重豊になった。


上記の◆には僕が使っていたペンネームが入るのだが、恥ずかしいので伏せ字にしている。
大人になってから同年代の長崎県出身者と「Fリク」の話題になり、僕は◆というペンネームで投稿してましたと口にしたところ「え?◆さんですか?よく覚えていますよ!確か、毎週のようにハガキ読まれてましたよね」と言われた。やはり、嬉しかった。


「◆さんのハガキ、いつもスゴイですよねぇ」
とDJからお褒めの言葉をいただいてから数ヶ月のことだ

確かそれは春だった
年度が替わり、僕は学年が1つ上がった4月
その最初の土曜日、いつもの「Fリク」にダイヤルを合わせる

その日の3曲めあたりで、僕がリクエストを送っている曲がかかる
よし、来た!
DJがハガキのエピソードを読み上げる。つづいて名前だけの紹介がつづき「それでは**です」
曲に行ってしまった。
僕はキツネにつままれた。いや、もしかすると曲の後にもハガキを紹介するという趣向に変わったのかも知れない。年度替わりだし
しかし、その読みは外れて粛々と次の曲へ移る。

なにかの間違いだろう
郵便屋さんが届け損なったのかも知れないし
それとも、ハガキのクオリティが下がったことを見透かされたか
そういえば確かに、ちょっとやっつけ仕事で書き上げた1枚だったように思えてくる

しかし、次にリクエストした曲も、またその次も。
僕のハガキはスルーされた

他にもたくさんのハガキが届いているのだから"今日は◆さん1回お休み"ということなのかも知れない。
確かに、これまで、ちょっと読まれ過ぎ。読まれる率100%はできすぎ君だったのだ。
その日は、納得はいかないものの、なんとか自分を落ち着かせてエアチェックを終えた。

僕はそこで初めて、謙虚という言葉を身にしみて知った
だが、そのまま、僕のハガキが読まれることはなかった。
翌週も、翌月も、半年後も。

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2020年6月24日 (水)

僕がカップ麺会社の企画部に勤めていたら(3)

次に「ソース」を投入
既に麺が減っていることと、塩分を抑えることを考慮して、3分の1ほどは残す
全体に満遍なくかけるのではなく、できるだけ「ソース地帯」と「非ソース地帯」をまだらにする(東海林さだおかっ)
混ぜるなんてもっての外だ

僕は食べ物を混ぜる人を信用しない\^^)オイオイ
自分だけの皿であれば、どれだけ混ぜてもいい
あなたが、美味しく食べられることに、僕はコミットしない
問題なのは、会食において、僕も食べる皿の時だ

自分はずっと混ぜて育ってきた
混ぜたほうがいいに決まっている
混ぜるという作業を皆さんの代わりにやっている

自分は正しい!というその揺らがない信念が僕を戸惑わせる


ソースがかかったところで
・ソース地帯
・非ソース地帯
これにフランクで×2
4パターンの味を楽しむ。
ここまで合計6パターン

最後に「ふりかけ」に行く
ふりかけは75%を「ソース地帯」に投下
そこだけが「企画担当者の意図した味」
なるほど、この味を狙ったんだな
残りは「非ソース地帯」つまり麺とふりかけのみ

こうして、カップ焼そばは1回の食事で8パターンのバリエーションを楽しむ。
この楽しさはコンビニ弁当や、外食のあらゆるメニューでもお目にかかれない。自分だけのものだ。



僕がカップ麺会社の企画部に勤めていたら、こんな焼そばを作る
・麺そのものの味、コシにこだわる
・ソースは量少なめ
・ふりかけはカリカリ食感の材料を使う。青のりは入れない
・フランクなどを自分でトッピングするため麺と蓋の距離を離す

1度は出してみたいのは「麺だけの焼そば」
素うどんならぬ「素焼きそば」
キャベツも要らない
ソース入れなきゃ、今でもできるのだが、具材・ソースにかかるコストをすべて麺に投入して、実売150円以下で勝負してみたい。

いつの間にか、勝負師になってしまったぜ

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2020年6月23日 (火)

もしも、僕がカップ麺会社の企画部に勤めていたら(2)

3分?
5分?
お前もか、評判屋の塩焼そば

「評判屋の塩焼そば」は、まいばすの定番商品
安い!多い!美味い!
だが、君もその他大勢のやきそば達と同じ過ちを犯しているぞ

カップやきそばにお湯を注いだ、まさにこのタイミングで「作り方」や「メーカーの住所」を読む人だどれだけいるのだろうか?
今、この視界にとらえた映像の中で、最も求められている情報は何か?
メーカーの担当者は考えないのだろうか
君たち、日頃、自分で自分の商品、食べてるか?
と言いたい(岸本葉子か)

その情報はとてもささやかに表現されている
僕にはいつも、それを見つけることが難しい



このタイミングで僕の脳内には、こういう映像が浮かんでいる



気持ちが昂ぶりすぎて、横に倒したマクドナルドみたいになってしまったが、僕が欲している情報はこの数字に尽きる。


さて、蓋を剥がしていよいよ食べ始める
(あ、省略しましたがお湯は切ってます。お湯の入ったままラーメンで食べるというオチではないです)

まず、初めにフランクフルトから
いつ、入ったんだ?フランク!
そう。黙っていたけれど、実はお湯を入れる前に買い置きのフランクフルトを3本入れておいた
もちろん3という数字には意味がある

これがお湯に浸かった3分でいい感じに暖まっている

パキッ
フランクを半分かじる
急いで麺をかきこむ
あぁ、美味い
「評判屋の塩焼そば」は麺が美味いが、この瞬間はどの焼そばでも大概美味い

汁物のカップ麺ではこうはいかない。麺がスープに浸かっているため、はじめから味が付いた「ほぼ完成品」を食べなければならない。

「完成品を食べるのがふつーでしょう」
という体制側の意見に僕は一石を投じる

ラーメンに限らない
あらゆる食事は「変化」の中にこそ、楽しさがある
予め完成品が供されたとしても、そこに変化を付けていくことはできる
ただ、ここで取り上げる「カップ焼きそば」は "完全な未完成"の状態から食べ始めることができる


次は麺だけ、かんすいを味わう
ここでは、麺の実力が問われる
まいばすで売っている「エースコックキングダム太麺焼そば」の麺は、太麺ということもあって、この瞬間がたまらない
焼そば界の王者「日清UFO」は、もっちりしてよいのだが、ソースに絡めた後の美味さに比べると、いまひとつだ。

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2020年6月22日 (月)

もしも、僕がカップ麺会社の企画部に勤めていたら

日本には四季がある
古来より日本人は四季の変化と、ある時は戦い、ある時は虐げられ、そしてある時はそれを慈しんできた

そこに外的な要因としての変化があるから、平凡な毎日の中にもささやかな楽しみや幸せを見つけることができる

今日は暑かったね
今度の日曜、晴れるといいね
日食見られた?

メールの枕詞に困った時は、天気の話題から始めれば体裁が整う
そこに遷ろう妙を言下に切って捨てる人はいない


ここにカップ麺がある
美味しい
食べる前からわかっている

だからと言って、いつも食べていると体脂肪率が上がってくる
従来ならば、食べたとしても週末の土日だけだったが、在宅勤務という要素が加わってからは家ランチが増えた。
気がつくとケトルに500mlの線まで水を入れている自分がいる
ご多分に漏れず「コロナ肥り」の傾向が出て来たので「カップ麺は週1回まで」と決めた。


カロリーは汁の分まで麺で摂ろうと、最近はカップ麺=やきそばを指す。
以前はやきそばシーズンである夏場だけだったが、今は年中やきそば一択。
ちなみに「やきそばシーズン」というのはしらべるの造語。
カップやきそばは年中、店頭で売られているが、新製品の市場投入は初夏から夏に集中する。カップやきそばに異常な関心を寄せていなければ気づかないと想う。
かつて、やきそば弁当として持参していた頃、これに気づいた。


お湯はT-falのケトルで湧かす
0.5Lのところに目盛りがついているので、やきそば用の計量が一発でできる。
500mlを沸騰させるのに 2分48秒
この速さに1度慣れると、もう元のガスコンロには戻れない


カップ焼きそばの蓋を開ける
最近は、予め具のキャベツや謎肉が麺の下に敷いてある銘柄が増えた。
カップ麺が世に出始めた頃は、麺をはぐって容器の底に具を入れていた。
そうしないと、お湯を切った後、蓋に大量のキャベツや肉が付着してしまう。

さて、アレクサにタイマーを頼まなきゃ


えっと
えっと

あれ???

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2020年6月21日 (日)

FMリクエストアワー1回の放送で3回ハガキを読まれる

FMリクエストアワー、通称「Fリク」
NHK FM長崎では、毎週土曜日午後3時から3時間ほど。
私の記憶が確かならば・・
前半が邦楽、後半が洋楽のようにコーナーが分かれていたと想う。
その名が表すとおり、かける曲はすべてリスナーからのリクエスト。
「RKBベスト歌謡50」のようなランキングではなく、リクエストが多いものだけがかかるわけではなかった。
僕にこの番組によって「アワー」という単語を「楽しい時間」と記銘したので、大人になって「ラッシュアワー」に悪いイメージが沸かない。
もしも尾崎豊が「Fリク」で育っていたら、今頃どこかでサラリーマンとして暮らしていたかも知れない。

 

次の曲は甲斐バンドのバス通りです
甲斐バンド、新しいアルバムが出ましたね
さてリクエストは島原市の夢見る少年さんから
「**さんこんにちは!(こんにちは)
毎週聞いています(ありがとうございます)
私の一週間はこの番組を中心に回っています
甲斐バンドのバス通りをリクエストします
この歌詞を聴くと憧れの女子のことが目に浮かび、胸がきゅんとなります^^;)
これからも、がんばってください!」
といただきました。
同じような声をたくさんいただいていますねぇ

・・・と、こんな感じで数人のハガキが読まれる
(当時、絵文字はない)
メッセージを紹介するのは1曲につき1人か2人。あとはペンネームだけが読み上げられる

僕はこれに人生を賭けていた(笑)

よほどのことがない限り、メッセージは書かない
ただ、ペンネームを読み上げて欲しいだけ
初めの頃は曲名、歌手名、ペンネームだけを書いたシンプルなハガキだったが、凝りだしたら止まらないのが僕の悪いクセ

エアチェックしたい曲の発売情報を得ると、引き出しから買い置きのハガキを取り出す
鉛筆で下書きをしながらハガキのレイアウトを決める
そこで、本来ならば参考書を塗りつぶすために、親から買い与えられた緑・黄・オレンジの「蛍光ペン」が登場
文字を色分けしながら立体的に浮かび上がらせていく作業だ
今のようにフリクションはないので、失敗しないよう集中する
作業時間は日増しに長くなり、ついには1枚を仕上げるのに1時間はかけていたと想う。

その甲斐あって、僕のハガキは毎週のように読まれた
多い時は1回の放送で3~4回読まれることもあった
まさに「常連」である

ある時、ハガキを読む女性パーソナリティがハガキのクオリティに言及した
「◆さんからいただきました。この◆さんのハガキ、いつもスゴイですよねぇ。蛍光ペンで書いているんですよね~、お見せできないのが残念なのですが、毎回、すごく力作を送ってくださるんです」

僕は感無量だった・・
かというと、そうではなかった
なにせ、若くてお調子者なのだ。まだ、謙虚という言葉をよく知らない

賞賛に気をよくして、さらにハガキ作りに時間をかけるようになり、止めておけばいいのに「これを書くのに1時間かかりました」といったことを書き添えた

幸せの絶頂にいる時は、その幸せがいかに脆いかを気づかない

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2020年6月20日 (土)

90分テープにバラバラな音楽が同居する時代

前回の話しを読み返していて、気づいたのだが、想えば「夕べのひととき」のエアチェックには90分テープを多用していた気がする。
当時のLPは大半が両面で45分以内。90分テープならばテープを裏返さないで、そのまま1枚が録音できる。
45分テープでエアチェックした場合、LPのA面が22.5分で終わらないというリスクもある。90分テープならばそこは安心だ。

ただ、都合よく同じ歌手のアルバムが2枚手に入ることはない。
従って、僕のカセット・ライブラリーには

A面「ホテルカリフォルニア」イーグルス
B面「イルカライブ」イルカ

のように、全くテイストが違うどころか、和洋バラバラの音楽が入ったものが散見された。
幼少より几帳面な性格だった僕は、そういうカセットの背見出しを見て忸怩たる想いだったが、今ならばとても懐かしく微笑むことができる。

1981年に「貸しレコード屋」ができるまでこの傾向は続いた。
レコードの10分の1の値段で、好きなレコードが借りられるようになってからは"同じアーティストのリリース順にアルバムを揃える"といった音源収集ができるようになり、カセットライブラリーは、几帳面な僕の納得いくものになっていった。


あらゆる世代間ギャップにおいて「○○登場前後」というものがある。
パソコン、インターネット、携帯電話、電子ゲーム、在宅勤務^^;)
大概の場合「登場前」を知っている世代は、登場の前・後を知る幸せを懐かしみ、登場前はどれだけ不便だったかを嘆いてみせ、それでいて、そこには幸せがあった。その幸せを君らはわからないだろう・・と独りごちて「登場後」の世代に嫌がられる。

「貸しレコード」の登場はラジカセファン、オーディオファンの暮らしを飛躍的に幸福化した。
今でも、ジョイフル西新店で検盤をして250円と引換に「Journey」の新譜レコードを持ち帰った幸せを想い、笑顔になれる。
(結局言ってるし)


「夕べのひととき」と並んで、僕のラジカセ生活に欠かせなかったのが「FMリクエストアワー」(以下「Fリク」)だ。
僕の一週間はこの番組を中心に回っていたと言っても過言ではない。

父の異動で僕は中3に上がる時、五島から佐世保に引っ越した。もちろんラジカセ「National RQ-552」を持って。
魚中(うおちゅう=魚目中学校)では全校生徒に部活加入(しかもすべて運動部)が求められており、バレーボール部に入っていた僕は、転校先の佐世保の中学では帰宅部に入った。
「バレー、入ればいいやん」と誘ってくれた友達に対しては、表向き「五島ん時もレギュラーになれんかったけん、佐世保のレベルには付いていけんよ」ということにしておいたが、土曜日の午後「Fリク」を録るためだったのだと想う。

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2020年6月19日 (金)

DJとミキサーとリスナーの信頼感

スタジオのレコードをかける人(ミキサーかな)はエアチェックしている僕らの気持ちを察して、DJの声をマイクオフしてから2秒ほど間を開けて静寂を作ってくれる。
僕らはその猶予の間に[PAUSE]ボタンを上げればよい
この安心感が僕らとこの番組をつなぐ信頼。今風にいえば絆だ。

AMの番組は音質がいま1つということもあり、エアチェックには向かないが「RKBベスト歌謡50」を録音するリスナーはいた。
こういった番組ではDJの声と音楽の頭や終わりが被ることも珍しくない。そこは保証されていないというのが、僕らの認識だった。

ある時、リスナーからの「エアチェックしているから配慮して欲しい」という投書に対して、ハヤシさんは「この番組はエアチェックを想定していません。DJと音楽の妙を楽しんで」と明確に応えていた。
多くのリスナーはそれに異論がなかったし、僕はハヤシさんのように、誤解を恐れずしっかり主張を通せる大人になりたいと想った。
これはけっこう本当である。
そうか、僕のこの性格はハヤシさん譲りだったのか・・
今気づいた


さて「夕べのひととき」では、LPのA面が終わる
3秒ほど間を置いて、DJが再登場する
NHKなのでCMは入らない
そろそろ終わりかなとは想っているものの、A面がいったい何曲入っているのか、どれがA面最後の曲なのかわからないので、DJの声を聞いてテープを止めていた。

DJは僕らのために間をつないでくれる
いやぁ陽水いいですね、進化してますねぇ
と言ったかどうか知らないが、とにかく話しながら時間をつくる。
もしかすると、ここでリクエストハガキを紹介していたかも知れない。
この番組でどのレコードをかけるかは、リスナーからのリクエストに拠っていた。

親から「おいおい頼むから、もっとお金を使って減らしてくれ」と懇願される子供以外は、お小遣いで買えないレコードをリクエストする。
それは、大抵、発売されたばかりの新譜だ。
週刊FMの新譜紹介で「おっ甲斐バンドの新しかとのでとる」と見つけると、僕らは親からせしめた使わずに余った年賀はがきでリクエストを書いた。
1度だけ、僕のリクエストが叶いペンネーム(最近はラジオネームと言うようだ)が読まれたのは、友川かずきのLPだった。
「若いこだま」のDJをやっていたとはいえ、当時の友川はマイナーで(その後もか)正直なところ、そのLPがかかるとは想っていなかったので「あぁNHKに一生ついていこう」と誓ったのだった。


DJがツナグ間に僕らはカセットを終端まで巻き送りして[EJECT]
リードテープを鉛筆ときどき指で起用に回して磁性体のついた所に合わせて、さっきの裏面にしてテープを装着。再び録音スタンバイ
つづいてB面をエアチェック。


ラジオから録音したテープを個人で楽しむことは合法だとはいえ「夕べのひととき」ほどエアチェックファンに親切な番組は後にも先にもないと想う。

当時はレコードを録ることに必死で、それだけしか録音していなかったが、今となっては番組の始まりから終わりまでの一部始終を録っておけばよかったと想う。

ときおり、カセットに残っている消し忘れ、余計に録れた音が、後世にはとても貴重だ。

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2020年6月18日 (木)

LPをまるごとかけてくれたエアチェック御用達のFM番組

それは木曜の午後6時
週に1度、僕にとって最大のイベントの時間がやってくる

少し早めに部屋に入り、紐を2度引いて蛍光灯を点す。
二灯並んでいる蛍光灯の片方だけが点る。
ここから約1時間は、どんなことがあっても紐を引くことはない。
デンキをオンオフすると、それがラジカセに「ぶつっ」というノイズとして録音されてしまうからだ。

その時の強いプレッシャーが今も拭えないのか、調光できるシーリングライトを手に入れてからも、デンキの切替は最低限に抑える習性が身に付いている。
1日じゅう出かけない日は朝「白い色」をつける。
日が暮れる頃「全灯」に切り替える。
夜寝る前に消す。操作はたった3回だ。

ある時、僕がレコードを録音している時に、姉が部屋に入ってきて「デンキば明るくせんね」と言ってデンキを操作した。
僕は散々文句を言ったあと、録音を最初からやり直したのは言うまでもない(言うまでもないのか・・)


NHK FMを選局
といっても、長崎ではFMはこれ1局しか入らなかった。
AMならば福岡、SWならば海外の電波も入るのだが、FMの電波は遠くまで飛ばないので、長崎県内の放送局に限られるのである。

番組の名前を憶えていない
「音楽のゆうべ」
「夕べのひととき」
なんか、そんな名前だった気がする
いま「Google先生」に聞いてみたら「夕べのひととき」で合っていた。
先生はなんでも、知ってるな~


この番組はありがたいことに、LPレコードを1枚まるごとかけてくれた。
ぷっぷっぷっぷー
他局より1回多い NHK、6時の時報が終わるとDJが挨拶も早々に今日かけるアルバム名を紹介する。
それで、その日、エアチェックできるレコードがわかる。

よし、もらった!
今でいえば「きたーーーーーーーーーーー」

という日はまず[PAUSE]を押しこんでから[REC]+[PLAY]を押下してスタンバイ
息を殺して彼女の声に耳を傾ける(彼の時もある)
記憶にはないが、ここで、曲目と曲数の紹介があったかも知れない。

DJの「それではお聞き下さい」という言葉が終わったのを見極めて「PAUSE」ボタンを一旦押しこんで離す。
勢いよくカセットテープが回り始め、音楽が始まる。

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2020年6月17日 (水)

ランナーはマスクを付けないでよいのか?

マスクを付けて走れるものか
マスクを付けて走らなければならないのか

コロナ情勢下、ランナーには2つの命題がある。


5月下旬の時点では近所で見かけるランナーは100%マスクをつけて走っていた。
遠くに住むランナー仲間は「今年はもう走るのを諦める」と言う。
自分はどうだろう?

「Google先生」に尋ねてみる
・高地トレーニングのような効果は全くない
・呼吸が苦しくなり判断力が鈍る。給水を怠ってしまい夏場は熱中症の危険が増す

走らない方がいいに決まっている
という内容だ。
試しに50mほど走ってみると、それだけでも息が苦しくて悲惨な気持ちになった。

マスクを付けて走れるものか?
の解は「NO」である。


それでも、なぜランナーはマスクを付けているのか?
多くの人は「社会的マスク」だろう。
自他の感染予防という見地以前に、マスクを付けていないと歩行者から白い目で見られるからである。

日本は相互監視社会である。
それは、村社会がなくなり、個人主義が浸透した今も変わらない。
他者の態度が秩序を乱している場合「いかがなものか?」と睨みを利かせるDNAがすり込まれているのだろう。


では、ランナーはマスクを付けないでよいのか?
「Google先生」によると、複数機関がランナーが走る時の流体解析を公開している。
それによると、走るランナーの背後には広範囲に飛沫が飛んでいる。
つまり「社会的マスク」が求められているうちは、ランナーとて例外ではないということだ。


緊急事態宣言が明けた6月
マスクを付けていない歩行者が散見され始めた。
ただ、それ以上にマスクを付けていないランナーが目立ち始めた。
試しに3日間だけ数えてみた。

見かけたランナー総数:12
うちマスク・ランナー: 2

マスクを付けたくない気持ちはわかるが、ランナーの非マスク率は高すぎる。


6月1日、長崎平和マラソンの代替としてエントリーを予定していた「ぐんまマラソン」が中止を発表した。もう残念と想う気持ちはなかった。
2006年以来、年1レースを自らに課してきたが、2020年はお休みとしよう。2017年に年2レース走っているから、まぁいいか^^;)

従って次のレースは、恐らく2021年11月に"延期"される長崎平和マラソンである。
それまで、最高級の厚底靴を買う貯金を使わずにとっておこう。

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2020年6月16日 (火)

正田醤油スタジアム群馬にマラソンを走りに行く

正田醤油スタジアム群馬は「ザスパクサツ群馬」のホームスタジアム。
陸上球技兼用スタジアムであり「ぐんまマラソン」のスタート/ゴール会場でもある。
しらべる限り、Jリーグクラブの本拠地でマラソンが開催されているのはここだけだ。

2008年、正田醤油(群馬県館林市)が命名権を取得した。
自治体としての正式名称は、群馬県立敷島公園県営陸上競技場
住所:群馬県前橋市敷島町66


東京からは新幹線使用で 1時間23分 5,020円
▼「東京」から上越新幹線「とき」乗車
▼「高崎」から両毛線「小山」行
▼「前橋」下車

在来線の場合 2時間4分 1,980円
▼JR「東京」から上野東京ライン「高崎」行(110分)
▼「高崎」から両毛線「小山」行
▼「前橋」下車

Jリーグの場合と同様、大会当日は前橋駅よりシャトルバスが運行される(所要時間:15分)


新幹線を使ったとしても、ドアツードアで3時間を見ておく必要がある。
9時スタートなので、1時間前に会場入りするには自宅を5時出発となり、かなり慌ただしい。前泊がいいだろう。

宿を探す。
前橋駅近辺にいくつかのビジネスホテルがある。
相場は7,000円程度。
長野マラソンの時に会員になっておいた東横INNが駅前にある。2014年に利用してからずいぶん間が空いているが、会員情報はまだ生きていて早期予約ができたので大会前日を予約。
こうなると、現実味を帯びてくる。

当初、東京五輪2020用として予定していた休暇が不要になっている。
間隔を空けて練習日を入れるため、水曜日に当てはめていく。


前泊の宿を押さえ、休暇の計画を立て、再び僕のマラソンプロジェクトが動き出した・・
やはり「計画」を立てるということは楽しい。
少なくとも僕にとってはとても楽しい。
三度の飯より好きと言えるかも知れない。
(一日二食だけど)


ところが、緊急事態宣言が出ても、一向にマラソン中止の流れは止まらない。
宿を取ってから5月末までに4大会が中止。
去年、エントリーしていたが台風のために中止になった「東北・みやぎ復興マラソン」も中止を決めた。

日に日に心に悲観の雪が積もる
そうなると、心には防衛機制が掛かり、ダメだった時に納得できる理由を探し始める。
それが、僕にとっては「マスク」だった。

つづく

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2020年6月15日 (月)

群馬県民から開かれた「ぐんまマラソン」の歴史

時は5月下旬。

「長崎平和マラソン」の中止(延期表記)を受け、すべての秋冬マラソン大会の中から選んだのは「ぐんまマラソン」

当初のエントリー開始予定は6月上旬だったが、7月5日に延期している。
公式ホームページ上には、コロナ事情を睨みながら催否検討中と告知されている。

その後、緊急事態宣言も解除され、ここから各地の大会が基本的には開催に向けて舵を切るのではないか?
そう考えていた。


「ぐんまマラソン」は群馬県前橋市内で行われる秋マラソン。
前橋市には2014年に始まった前橋・渋川シティマラソン(春マラソン)がある。

■開催時期:11月の文化の日に開催
■制限時間:6時間
■エントリー方法:先着順
■エントリー期間:6月~(通常の場合)

■スタート/ゴール:正田醤油スタジアム群馬
■コース:前橋市内を巡る1ウェイコース


■ぐんまマラソンの歴史

1991年11月4日
第1回「ぐんま県民マラソン」開催

2015年11月3日
初めてマラソン(42.195km)競技を開催
マラソンとしては第1回となる
制限6時間 定員5,000人 参加費8,000円 8時スタート

2016年11月3日
県外ランナーが参加しやすいよう「ぐんまマラソン」に改名
スタート時間を1時間繰り下げて9時スタートとした


マラソンに向けた計画立案にはいる。
いつもならば、マラソン前の練習期間は14週~17週程度。
この夏は東京五輪2020がなくなったので、予定はがらがら。
15週間前には練習を始められる。

Excelで作っている練習カレンダー
長崎平和マラソンからぐんまマラソン用に日付を書き換える。
詳細なメニューは、エントリーが決まってから考えよう。

現地までの交通はというと、今年はV・ファーレン長崎がザスパクサツ群馬と対戦予定があったため、正田醤油スタジアム群馬までの往復交通は調査済み。
(当初開催予定は9月20日だった)

つづく

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2020年6月14日 (日)

2020年秋冬マラソン中止状況 6月12日現在

5月末には日本じゅうで緊急事態宣言は解除されているのだが、6月に入ってからも「秋マラソン」の中止の流れは止まらない。
*データは2020年6月12日現在

■発表日(開催予定日)

6月1日
ぐんまマラソン(11月3日)

6月2日
久米島マラソン(10月25日)
これまで2020年大会の情報を開示してこなかったが、最初の情報開示が中止の発表となった。

6月3日
加古川マラソン(12月20日)
加古川は「みえ松阪」と並んで年内もっとも遅い開催予定日の大会だった。「長崎平和」同様、大会中止ではなく「延期」と表記している

6月5日
大町アルプスマラソン(10月18日)
神戸マラソン(11月15日)

6月11日
弘前・白神アップルマラソン(10月4日)

6月12日
大阪マラソン(11月29日)
奈良マラソン(月日)

6月3日
加古川マラソン(12月20日)


これで秋冬に予定されているマラソン34大会中、24大会(71%)が中止となった。
この2週間で8大会(24ポイント)増加したことになる。


既にエントリーを開始していた大町アルプスマラソンは「全額返金」を発表している。
これで「長崎平和マラソン」「東北・みやぎ復興マラソン」に続いて"集金済み"だった大会はすべて「全額返金」することになった。

神戸マラソンはエントリー受付を終了して、当選者発表へ進む段階で保留していたため"集金前"だった。
大阪マラソンは募集開始を保留していた。


今年エントリーしていた「長崎平和マラソン」が中止(延期表記)となったのが5月18日。その時は、すっかり落胆してしまい、もう今年はお休みにしようと想った。
だが、マラソンは"日々の張り合い"の大きな柱。
これがなくなると、ドキドキ感のあるイベントが失われる。
僕の場合、大会に出ないということは、すなわち一切走らないということなので、心だけでなく体もたるみそうだ。

やはり、走りたくなり代替大会を探した。
・できれば長崎の予定日(11月29日)と同じか前の日程
・交通費抑えめで済む地域
・「47マラソン全都道府県制覇」に向けてまだ出場歴がない道府県
この3条件に合致し、中止が決まっていない唯一の大会は「ぐんまマラソン」だった。

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2020年6月13日 (土)

木のバットで思い切り頭を殴られた時にしたこと

ヒサシは日頃から僕のことをよく想っていなかったのだろう。
それが、なにかの言葉をトリガーにして爆発したに違いない
(当時はキレる、ぶち切れという言葉はない)

僕はブロックに体を預けて中腰になっていたため、ヒサシのレベルスイング軌道がちょうど僕の頭の高さになった。

僕の頭を狙ってヒサシがバットを振り、バットは僕の頭を強く殴打した
(゚゜)\バキ☆

その時、すぐに考えたのは
今バットで殴られたよな
オレ死んでないよね
これはちょっとひどいんじゃないか?
(今風に言えば、ありえないんじゃね?)
あまりの衝撃に目頭が滲む

僕らは男が泣くことは恥だと想って育った世代だ。
今でこそ、葬式で泣いたり、なかには結婚式で泣いたりすることも珍しくないが、かつては、そうではなかった。
男のくせに泣くなんて、みっともない
そう想って育った僕は、バットで殴られるという希有な体験下にあっても涙はこぼさなかった。

大丈夫だ
死んでない
後遺症が残るとか、そういうことはわからないが、今は大丈夫だ
5秒でそこまで確認すると、犯人のヒサシを見た

彼の顔には「なんだ、死なないのか」と書いてあった
冗談ではない
大丈夫か?という気遣いはないし、大それたことをしたかもという後悔もない
もしも僕がその一撃で死んでいたら、彼は警察官に「1度、バットで人間の頭を思い切り殴ってみたかった」と言っただろう。

となりではシンちゃんが固唾を呑んで、事態を見守っていた。
シンちゃんは今の言葉でいえば「イケメン」当時の言葉では「美男子」の部類にはいる、端正な顔立ちだった。
その顔が目を見開いて歪んでいる
あまりの出来事に言葉はでない

その顔を写真に撮ってマジックで吹き出しを書いたならば、そこには
「ひょえ~」
という文字がぴったりだった。


当時まだ金属バットは普及しておらず、ヒサシのバットが木製だったことが、不幸中の幸いだったのだろうか。
ヒサシがひ弱だったこともよかったかも知れない。
(彼はソフトボールの地区選抜では補欠にも入れなかった)

僕はキャッチボールを諦め、自分の足でふらつくこともなく歩き、50m離れた家に帰った。
そのまま、布団を敷いてしばらくヨコになるということもしなかった。
家には母が居たが、なにも報告しなかった。
このことは、僕の口からは誰にも言っていない。
墓場まで持っていくという類いのことでもないので、ここに書いてみた。

その後、ヒサシが親を連れて、家に謝りに来るということもなかったので、彼も親には報告しなかったのだろう。
今と違って、我が子に非があれば、親が子供をしょっ引いて謝りに出向くというのが常識だった。
五島にいるうち、僕は1度謝りに行ったし、1度は謝りに来られた。

 

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2020年6月12日 (金)

新品の靴で思い切り後頭部を殴打された時の気持ち

オーライ!オーライ!
僕はシンちゃんのワイヤレスマイクから届く電波を捉えて、ラジオのヒスノイズがすーっと消えると、合図の声を送った

その時、頭に強い衝撃があり、火花が散った
(゚゜)\バキ☆
大人になってから覚えた絵文字がぴたりとはまる衝撃
振り返ると、いつの間にか父がいて、その手には真っ白な靴が2足握られていた
父はその2足を右手で持って二階に上がってくると、椅子に乗りラジオを持って踊っている(ように見える)僕の背後から近づき、思い切り頭をひっぱたいたのである。

「何がオーライだ バカ」

父は僕のために靴を買ってきてくれていた。
いや、誰かにもらったのかも知れない(忘れた)
いずれにせよ、それはとても珍しいことで、ねだってもいないのに何かを買って来てくれたというのはこの時以外に記憶が無い。
(呑み会の後の寿司とかは除く)

とにかく新品の靴を持って、我が子を喜ぶ顔を見ようと想って来たら、僕がラジオ片手に踊っていたというわけだ。

落胆と同時に、勉強もせずに遊び呆けている我が子に怒り爆発。
それが、ゴム底の靴で殴打となった。

こうして写実的に書くと、ひどい親だなと思ったかも知れないが、僕はそうは思わなかった。当時は親が子供を殴っても誰も不思議に思わなかったし、学校の先生もそうだった。
ボクシング経験者である父の鉄拳ではなかったのは不幸中の幸いだったのだろうが、背後から靴で殴られるという事実を把握した時は、少し恨んだ。

父が子を殴れば、子はその子を殴る
父が子に手をあげなければ、子供も然り
殴られたけれど、自分は殴らない
そういう人は、親以外の人に学んだ人だ
それは、尊敬する教師かも知れないし、本かも知れない


ついでに、シンちゃん絡みでもう1つ火花が飛んだ話しをしよう。
シンちゃんには僕らの2つ年下の従兄弟がいた。
ヒサシというその男は、周りからひ弱なやつというレッテルを貼られていて、ビーチの女たちは坊やと呼んだ(ブルワーカーか)
ただ、人一倍負けん気は強くて、仲間からいじられると、いつもキツイ目をしてにらみ返していた。

その日、シンちゃんをキャッチボールに誘いに行くと、先客でバットを握ったヒサシがいた。
勝手口のヨコにある狭いスペースで話している2人の話しに参加する。
その時、自分が何を言ったか覚えていないのだが、ヒサシは突然、持っていたバットをフルスイングした
その先には、僕の頭があった

つづく

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2020年6月11日 (木)

スタジオ1980からRQ-552へ目移りした理由

両親に買ってもらった初めての自分専用の家電品となったラジカセ「National RQ-552」(以下552)を僕は溺愛した。

スタジオ1980への愛を貫かず、552で手を打った理由は「5ウェイワイヤレスマシン」の存在にある。
前身の人気機種「RQ-448(MAC-FF)」~1973年発売~で登場した機構。
552~1975年発売~に搭載され、後継の「RQ-556(リモコンMAC)」~1976年発売~まで3台に搭載された。
(556では本体をリモコン操作できる機能が追加されて6ウェイ)

■5ウェイとは
内蔵コンデンサーマイク
FMトランスミッター
ワイヤレスマイク
ワイヤードマイク(ミニプラグコードで接続)
他の機器からのオンエア録音(これは謎)


筐体の右側面に開閉式のポケットがあり、そこにこのマシンが収まっている。本体に格納した状態では内臓マイク、FMトランスミッターとして稼動する。
「音を送信する」という偉業を達成したくて、ラジカセ本体の音をトランジスターラジオに飛ばして聴いたりしたが、何度かやっているうちに、ドキドキ感が薄れていることに気づいて止めた。

本体から取り出すとワイヤレスマイクとして使える。
小学生の頃、憧れたトランシーバー。
学年でも、お金持ちの家の子供しか手にできない、夢の通信機。ついに、買ってもらうことはなかったあの品と同じことが実現できる。

通信にはその相手が必要だ。
それにはシンちゃんを巻き込む必要がある。
2階にある僕の部屋からシンちゃんの部屋は50mほど。ワイヤレスで電波が届く。
僕はシンちゃんに、父から借り受けていたワイヤレスマイクを貸し渡した。
(シンちゃんのラジカセにはワイヤレスマイクは付いていない)


テレビは八時までと決められているので、僕は8時以降は二階の部屋で過ごす。
窓の外を見てシンちゃんの部屋に電気がついていると、僕は窓を開けリコーダーで[ド][シ][ラ][ソ]を奏でる。これが僕の合図。
シンちゃんからの合図は、ただリコーダーをぴーっと吹くだけ。こちらがお願いする側なので、相手のハードルは低くした。

その音に気づいて、シンちゃんも窓を開ける。
互いにラジオとワイヤレスマイクのスイッチを入れて交信する。

明日の宿題もうやった?
テレビに拓郎が出てたね

まぁ、そういう不要不急の話しだったと想う。それを証拠にまったく内容を思い出せない。


その日は電波の入りが悪く、僕は椅子に乗ってラジオのロッドアンテナをぐるぐる回して、シンちゃんからの電波を探していた
その時だ
頭に強い衝撃があり、火花が散った

僕は生涯で火花が散った経験を2度しているが、いずれもシンちゃん絡みである。

つづく

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2020年6月10日 (水)

企業は事務所に冷蔵庫を置いたらどうだろうか

広瀬すず似のササキさんがチョコレートの包みを持って、僕の前に立った。
彼女は意を決して言う

「すみません」

え?あぁ気づかなかったよ
いつからそこに居たの?
という顔をしながらも、他人を寄せ付けないような冷たさとは真逆の「いい人」モードで、はい?
彼女は微笑みをたたえているが、どこか、ぎこちなくはにかんだ様子

きたーーーーーーーーーーー
(心の叫び)
次にくる言葉をほぼ確信した僕に向かって、彼女は言った

「冷蔵庫、お借りしてもいいですか?」


僕の右隣には部署の皆さんが使っている冷蔵庫があった。
それは、20年前からそこにあるような古い型のもので、誰かが閉める度に「ばたん」と大きな音がした。
あまりにうるさいので、僕はある日「冷蔵庫は静かに閉めてください!」と紙を貼ったほどだ。


恐らく、彼女は会社が引けた後、彼氏に渡すチョコが溶けてしまわないか気が気ではない。
すると、その客先には冷蔵庫がある。今時、共用の冷蔵庫がある職場なんて珍しい。できれば、利用させてもらいたい・・
そう考えたのだろう。

もちろん、僕は「あ、いいですよ。どうぞ、どうぞ」
と言って、冷蔵庫を開け、あ、今日は割と空いているなぁ、いつもは誰かがぎっしり入れていたりするんですよ・・
と饒舌になった

一瞬たりとも、きたーーーーーーーーーーーとか想ってしまったことが、恥ずかしかったのだ。
見破られていないかな・・


なぜ、こんな話しを令和の今、しかも、バレンタインデーの時期でもないのに思い出したかというと、在宅勤務だからである。

コロナの時代
在宅勤務にはメリットが多い、いやいや、デメリットも見過ごせない。
と言った論戦が世界中のあちこちで繰り広げられている。

僕は「在宅勤務のメリット」というテーマで話せと言われたら、即興で10分は喋れるが、デメリットについて話せと言われたら3分ともたない。

そのメリットの1つが、冷蔵庫から冷たいコーヒーを汲んでこれることだ。
5月くらいまでは、お湯を沸かしてコーヒーを淹れていたが、今月に入ってからは買い置きのボトルコーヒーばかり。

事務所に居る時は、朝買ったコーヒーをthermosの保冷ボトルに入れて呑んでいるが、お昼前には常温に戻ってしまう。

自宅にいると朝、カップに一杯の珈琲を注いでくる。
空っぽになったら、冷蔵庫まで行ってお代わりを注ぐ。
コーヒーいつも、冷たい


企業は事務所に冷蔵庫を置いたらどうだろうか
できれば、大きめの
コンビニで買って来たコーヒー、炭酸水、お昼に買いに行くのがめんどいので冷やし中華も、出社時に買って来る。
冷凍室があったら、となりに電子レンジも置いて、冬場は肉まんが食べられる・・

結局、どうしても「在宅勤務」を認めない人たちが居るだろうから、せめて、アットホームな空気だけでも、作ったら良いと想う。

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2020年6月 9日 (火)

季節外れだが、バレンタインデーを思い出した

それはまだ、世の人々が平成という響きに慣れてきて、もうこれからしばらくはこの時代が続くのだろうなと思い始めていた頃の2月14日、そうバレンタインデーの出来事だ。

かつてほどの勢いはなくなったが、それでも、企業の職場には「義理チョコ」という風習が残り、それに乗じて「義理チョコ」の振りをしたちょっと気のあるチョコのやりとりが行われていた。

まだ、世の中の男性たちが「セクハラ」や「パワハラ」で懲戒処分を食らうようになる前の話だ。


その頃の僕は「義理チョコ」さえもらうことがなくなり「あぁ、義理でももらえば嬉しかったな。昔は良かったな」と懐かしんでいた。

しかし、職場には年下の女性が居なかった。
居たのは10歳以上年上の女性だ。
手っ取り早く書けば「おばちゃん」である。

別に義理チョコは年下の女性が持ってくるものだとか、年上の人からもらいたくないと言っているのではない。
ただ、一般的におばちゃんがピンポイントでチョコをくれるというのは、想定しづらい。
なかには、すべての男性社員分を買って来て、こっそり配っているおばちゃんが居たが、なぜ、こっそり配るのか謎だった。
(論点がずれている)


その職場には3か月前から、SIerから来た派遣の女性(ササキさんと呼ぶ)がいた。
「しあー」ではない。エスアイヤーと読む。
クライアントの要求に応じた、システム開発を請け負う業者。
System Integrator = システムインテグレーター屋さんという意味だ。

よく混同される「ベンダー」はソフトウェアの製造販売業者
ベンダーはパッケージを(作って)売る会社。
SIer は個別にシステムを作る会社である。


佐々木さんは歳の頃で25歳前後
最近の芸能人で似ている人がいる。えっとNHK連続テレビ小説でアニメを書いていた人、そう広瀬すずだ。

彼女が所属するSIerが取り扱う案件に、僕は絡んでいなかったので、佐々木さんとは一度も話したことがなかった。その日までは・・


バレンタインデーもお昼を過ぎ、もうすぐおやつ時
今日も義理チョコ1つ来ない
すると、遠くからササキさんがやって来た
何処へ行くのかなと思っていたら、だんだんとこっちへ近づいてきている。
僕の後ろには誰も座っていない。僕は窓際の隅っこに座っている。

見ると彼女の手の中には、リボンがあしらわれた可愛い包装紙
いよいよ、彼女が3mのところまで近づいた

まさか、まさかね・・
僕は彼女が視界に入っていない振りをしてパソコンを凝視

彼女は僕の席の右となりまで来て立ち止まった
まさかが起きた?

「すみません」

つづく

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2020年6月 8日 (月)

セールスのメールを送るならば、本物であるという証明が必要だ

見知らぬIT事業者(以下「A社」)から届いたメール
「【A社News】都道府県別 自治体・企業 コロナ状況」
そこには興味をそそられる「情報」のタイトル、URLが列記されている。
ぜひ、その「情報」を知りたい。URLをクリックしたい。
だが「情報セキュリティ」という枠組みが僕を立ち止まらせる。


あの時のセミナーで登壇した業者かな?
資料をダウンロードした業者だろうか
想像力を働かせる
恐らく大丈夫だろう・・


これが、一番ダメな人だ
きっと、世の中の多くの人がダメなのだと思う。
別に人格を否定しているわけではなく、標的型攻撃メールに対してはダメだということだ。

標的型攻撃メールとは、情報の詐取を目的として送られるメール。
警察庁の統計によると、その犯罪件数は急角度の右肩上がりで伸びている。
その多くは企業をターゲットにしたものだが、最近は個人をターゲットにしたものも多い。

かつて、個人を対象にしたものはフィッシングメールと呼ばれることが多かった。
フィッシング(phishing)とは銀行やクレジット会社を装い、個人の金融情報を聞き出す手法のこと。
元々は「fishing」(魚釣り)になぞらえていたが、手口が巧妙化(sophisticated)したことで、phishing と表記されている。

amazonのパスワードが盗まれました
佐川急便の荷物が戻ってきました
docomoに不正なアクセスがありました

思わず、もしかして、何らかの犯罪に巻き込まれたか?と訝しむメールが多い。
個人対象に金融機関以外を名乗るメールは「フィッシング」と呼ぶよりは「標的型攻撃」と呼んだ方がいいだろう。


セールスのメールを送るならば、本物であるという証明が必要だ

受信者にとって有益な「情報」を用意し、提供し、そこから信頼関係が築けるかも知れない。
せっかくの取り組みが画竜点睛を欠いている。
それは「私は悪人ではありません」という証明である。


「標的型攻撃」か否かを見分けることができる、ただ1つのポイントは、そのメールに「心当たり」があるか?だ。

今回、届いたメールについて
僕は「A社」に「心当たり」がない。
しかし「2020年1月23日、大手町**で開催された△△セミナーにて■■のお話をしたA社です」と書いてくれれば「心当たり」が出てくる。
そこまで素性が分かれば、あとは「Google先生」にA社の確認を取ればよい。
リスク要因としてはセミナー主催者が、セミナー参加者の情報を転売した、あるいは詐取されたということが残る。
そこは、リスクとメリットのトレードオフである。
自分で判断する。

しかし「心当たり」の情報がないメールは、残念ながらURLをクリックすることができない。
安心して開いた「情報」が有用ならば、業者のメールでも、もらった人は嬉しい。

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2020年6月 7日 (日)

「業者のメールでも、もらった人は嬉しいものですよ」

今から23年前、サトウさんに言われた言葉が頭から離れない

「業者のメールでも、もらった人は嬉しいものですよ」

当時はインターネット創生期
ECを担当していたサトウさんの言葉だ。

知人・友人からもらうメールというのは限られているから、業者からのメールでももらった人は喜ぶはず、というのが彼の言い分だ。

僕は反論しなかったが、心の中で彼を軽蔑した。
業者から届く売り込みのメールが嬉しいだと?
そんな訳ないだろ!
そういう消費者を嘗めた考え方で、うまくいくわけがない。

結果的に、彼の事業はうまくいかなかった。
数年後、彼は去って行った。
ただ、彼の言葉が23年経った今も忘れられない。
業者からのメールが届く度という訳ではないが、10日に1回は思い出す。


最近、届くメールの中に「おっ」と想うものが増えている。
この日はこんな件名のメールが届いた。

「【***News】都道府県別 自治体・企業 コロナ状況」

***には会社名が入っている。恐らくIT事業者だと思われる。


(以下、引用ただし一部手直し)

<お断り>
本メールは、弊社営業経由でご案内させていただいたお客様へ、
COVID-19関連最新情報をお届けしております。
本メールがご不要の場合は、メール末尾のURLよりお手続きお願いいたします。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の最新情報をお届けします。
貴社の感染症対策本部における情報収集活動の一助になりましたら幸いです。

「情報」の件名
「情報」のURL

(引用終わり)

「情報」は10個以上が列記されていて、どれも、中身を見てみたいと興味をそそられる件名がつけられている。
もし僕が経営者からコロナについてのとりまとめを求められる立場ならば、とても、ありがたい。
全部、クリックしたくなるだろう。


「情報」のURLはその会社のドメインの末尾に乱数が付いたもの
恐らく、boxなどのネットワークストレージに置き「URLを知っている全員に公開」設定にしているのだろう。


過去に名刺交換した会社であれば、その社名に見覚えがある。
だが、セミナーを受講した。あるいは、その資料を後日ダウンロードした人に送られてくるメールの場合、社名に見覚えがないことが多い。

つづく

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2020年6月 6日 (土)

200円のお小遣いがPTAで取り上げられる

借りて来た陽水をカセットテープに収めた僕は、さっそく「ミュージックセレクター」のスイッチをオンにする
キューまたはレビューボタンを押下
(あとは見ているだけ)
自動的に曲間を検知すると「きゅうん」という音と同時に赤いランプが点灯してテープの回転が止まる
キューまたはレビューボタンがかちゃっと音を立ててキャンセルされ、新しい曲が始まる

曲間を検知するために、音楽を録音する際、曲間に4秒以上の無音部分を作るよう説明されていた。
当時のLPレコードは大抵、その条件に合致していたので、大半の曲間が検出できた。
ただし「あかずの踏切」から「はじまり」というような、ほぼ無間隔でつながる曲間は検出できなかった。


当時はまだレンタルレコードも、音楽配信もない。
音楽を趣味にしている同級生は五島の身の周りにいなかった
従って、音源の頼りはFMからのエアチェック

既に「テレビマガジン」を卒業していた僕は、新たに「週刊FM」が愛読書になった。


少し話しが逸れるが「テレビマガジン」は仮面ライダーやキカイダーなど、当時の特撮ヒーローを主に取り扱った月刊誌。講談社が発行していた。
僕が今でも講談社贔屓なのは、その影響だと想われる。

仮面ライダーファン(当時オタクという言葉はない)の僕は、発売日には国丸書店に飛び込んで購入した(配本が1~2冊と少なかった)
ページが折れないよう1ページずつ大切にめくり、穴が空くほど読み込んだ。
付録としてカードやポスターが綴じ込まれていて、僕が壁に貼っているのはこのポスターと旅先で買ったペナントだった。

当時、毎月のお小遣いが200円
テレビマガジンが200円
つまり、全財産を仮面ライダーの情報収集に費やしていたのだ。
仮面ライダースナックも買う必要があったが、それは、お年玉を切り崩していた。

200円というお小遣いは当時としても決して高くはなく、恐らく学校じゅうでも最低ラインだったと想う。
ある時、なんの気なく、お小遣いが「テレビマガジン」で終わってしまうという話を頭の良い上級生に話した。
すると、その上級生が親に話し、その親がPTAで取り上げた。
少なすぎる!可哀想!
要は学校の先生の子供にしては、みじめだということだ。
同級生の大半は漁師の家庭で、そこから見ると公務員というのは収入が安定しており、お金に困っているはずがないということなのだろう。

余計なお世話だ

この話しは、母から聞いた。
つまり、母がPTAに行った時に、リッチな母親たちに言われたのだ。
母が、僕と同じ見解をその場で述べたのは言うまでもない。
僕もおおいに同意したが、内心はこれを機に100円くらい上がらないかなと想った。

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2020年6月 5日 (金)

ラジカセをゲットした少年は、なぜ皆、同じポーズで写真に収まるのか?

南松堂からもらって帰ったカタログを熟読した僕は、その先進性にうっとりしてしまった。
値段は39,800円
憧れのスタジオ1980より3,000円安い。何より4万円の壁を切っていることが大きかった。

僕はまだ松下幸之助がどれだけ偉い人かを知らなかったが、すっかり松下魂に染まり、ミュージックセレクターの素晴らしさ、これだけの先進機能を入れながらも、なに1つ基本をおろそかにしていない。しかも、お値段サンキュッパ!
さらに本日限り、なんと!カセットテープ2本のおまけ・・
は言わなかったが、これまでに身につけた、ありとあらゆる知識に、仮面ライダーカードで覚えた説得のコツを駆使して父に迫った。

次の週末、我が家の4畳半の居間には、National RQ-552を抱えて記念写真に収まる僕がいた。

昭和50年頃というのは、写真を撮ると言うことは非日常の行事だった。
フィルムを買ってカメラに入れる。
撮影して現像+同時プリントして手元に届く。
それをナカバヤシフエルアルバムにいれる^^;)
恐らく1枚の写真には100円程度のコストがかかっていたと想う。
そんな手間暇とお金がかかる写真は、そうそう撮れるものでは、いや、撮ってもらえるものではなかったのだ。

その日は猫の額の居間で箱を開けた後、写真に収まった。
父が「一枚撮るか?」と言ってくれたのか、僕から記念に一枚撮って!とせがんだのかは覚えていない。
恐らく前者だろう。思春期を迎えた子供をカメラに収めるのがいかに難しいかは、後に知ることになる。

僕はハンドルを握ってラジカセを胸の高さまで持ち上げて「どーだ」というどや顔を決めている。

どうして、ラジカセと記念写真する男というのは、みな同じポーズなのだろう。
これまでに、雑誌などで何枚かの写真を見たが、一様にハンドルを握り胸の高さにかざしたラジカセでカメラ目線という写真だった。


ラジカセを手にした瞬間というのは、それほど、誇らしく、輝かしく、記念すべき時なのだ。
ラジカセは受け手から担い手へ僕らを誘う。
僕らはテレビで育ち、情報に対して一方的に受け身だった。
ラジカセは音を「記録」し「削除」し「上書き更新」する。
混ぜたり、複写したりもできる。
(挿入はできなかったが)

次の日、学校に着いた僕は職員室に直行し、音楽の立岡先生に陽水の「断絶」をもう1度貸して欲しいと申し出た。
すると、立岡先生は「氷の世界」「二色の独楽」も一緒に貸してくれたのだった。

つづく

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2020年6月 4日 (木)

日本初のラジカセを作った ナショナル ラジカセの歴史

ナショナルのラジカセ「RQ-552」は「5ウェイワイヤレスマシン」を本体内蔵して大人気となった「RQ-448」の後継として「音のマック」というキャッチコピーで売り出された。
当時ナショナルのラジカセには「マック」という愛称があったのだ。
アップルコンピューターが設立されたのが1976年。
ナショナルはそれ以前から「マック」という愛称を使っていた。

ちなみに、1977年に発売したVHSビデオデッキには「マックロード」と命名した。
当時、NHKが土曜日に放送していた「警部マクロード」という人気海外ドラマがあったので、恐らく、それにあやかったものだと推察している。


■ナショナルラジカセの歴史

1967年12月
RQ-231
35,800円
既にテレコはSONYが出していたが、日本初のラジカセはRQ-231

1973年
RQ-540(MAC GT)
カールコードのワイヤードマイク付き
FMトランスミッターを初搭載

1973年
RQ-448(MAC ff)
5ウェイワイヤレスマシンを本体内蔵
34,800円

1975年
RQ-552(音のマック)
39,800円

ナショナルラジカセの品番は「RQ」が使われた
1976年に参入したステレオラジカセ(RS-4300)ではRS、RQ、RXが混在した


音のマック「RQ-552」の特徴は、世界初の「ミュージックセレクター」を搭載したことだ。

当時、ラジカセの上位機種に搭載されていた曲間頭出し機能「キュー&レビュー」は、頭出しをしている間、ボタンを押し続けていなければならなかった。
これが、けっこう指力が要った。恐らく、ラジカセファンは指立て伏せが得意だったはずだ。

そのうえ「よし、ここだ!」と想って指を離すと、次の曲の頭が切れていたりした。
絶妙のタイミングで指を離すのは熟練を要した。
もし、今「TVチャンピオン」で「ラジカセ王選手権」があるならば「キュー&レビュー頭出し対決」は最大の見せ場になるだろう。

ミュージックセレクターは、このラジカセ少年を悩ませた頭出しを自動化したのだった。そういう意味ではラジカセ界のAI、いやRPAといえる^^;)

 

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2020年6月 3日 (水)

上五島に引っ越して来た日の迷推理

上五島に引っ越して来た日
陸続きではない海の果てに来てしまったことなど忘れて、僕はハイテンションだった。
それは、物心ついてから初めての引越だったからだ。
それ以前にも生まれた佐世保から2度引越をしているはずだが、その日のことは記憶にない。

家財を載せたトラックと僕らの自家用車は同じフェリーで奈良尾に着いたのだが、トラックはまだ着いていない。

僕は家の鍵を開けてもらうと、一番乗りで家じゅうの探検に入る
一階にはうなぎの寝床のような台所(実際に母はここで釣ってきたうなぎを捌いていた)風呂と和式の便所、そして四畳半の居間
本当に猫の額のような部屋をみて僕は「せまっ」とは言わなかったが、ここで一家四人がご飯を食べテレビを見て過ごすには狭すぎると感じた。
その部屋に二間の押入があった。

荷物が届いていないのだから、がらんどうのはずなのだが、そこに未開封のタオルが1つ。僕はそれを手にして、遅れて入って来た母にこう言った。

前にこの部屋に住んでいた人は、みなまつどうと関与してる人だね

今つくった話しではない
小学4年の時には、校内一、本を(借りて)読んでいた僕は「シャーロックホームズ全集」を読了していたため、推理に飢えていたのだった。

ワトソン君じゃなくて、母は僕の名推理をスルーした
特に何かを指摘することもなく

上五島の人ならばわかると想うが、タオルには南松堂と書かれていた。
南松浦郡上五島町青方の電器屋だから南松堂。
長崎県には北松浦郡と南松浦郡があり、それぞれ「ほくしょう」「なんしょう」と呼ばれている。
このお店の呼び名は「なんしょうどう」である。
後日、それを知った僕は、顔から火が出ると同時に、このことは一生誰にも言うまいと心に決めた。


週末の日曜日、僕は父と青方に買い物に来ていた
いつものスーパーで買い物をしたあと、父を南松堂に誘う
南松堂は上五島に一軒だけあったナショナルのお店だ。

ショウウィンドーに見慣れぬラジカセが飾ってあった
カタログを暗記しているので、それが新製品であることは一瞬でわかる
スピーカー周りの装飾が目新しい

そのラジカセは名前を RQ-552といった。

つづく

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2020年6月 2日 (火)

SONYファンの父にスタジオ1980をねだれなかった理由

僕のラジカセ・ゲット作戦は終盤を迎えつつあった。
SONY、ナショナル、日立、AIWA
佐世保に遊びに行った時には、四ケ町の千日音機に足を運び、店頭でもらえるカタログはすべて集めて研究した。

SONYスタジオ1980の絶対的優位はゆるがない
ただ、五島にはそれを店先に展示している店がなかった。
昭和40年代、たいていの子供がそうしていたと想うが、何かをねだる時は親をお店に連れて行くのが手っ取り早い戦術だった。

あれ?誰かと想ったら、君はスタジオ1980君じゃないか?
こんな所で会うなんて奇遇だねぇ
あぁ、紹介するよ。こちら僕の父だ
(そして、親に向かって)
1980君とはカタログで出会って以来、相思相愛の仲なんだけど、そろそろ家に迎えてくれませんか?
そうすれば、僕は目の色を変えて、日々勉学に努めるものと候^^;)

だが、この作戦はファーストミット、月刊ゴング(全日本プロレスファン)と連戦連敗。うまくいった例しがない。
月刊ゴングの時などは、国丸書店の店頭で「ウチではこのようなものを推奨した覚えはない」と一笑に付され、やり場のない喪失感を味わった。


直接、質問したわけではないが、父は恐らくSONYファンだったはずだ。
(これに限らず、親に質問することは、とても少なかった)
トランジスターラジオ(清志郎ではない)ステレオセット、トリニトロンのカラーTV。我が家にある音響機器はすべてSONY製品だったのだ。

今振り返ると、そんな父がSONYの旗艦モデルであるスタジオ1980を買ってくれなかったのが不思議に思える。
僕はきちんと説得していたのだろうか。もしかすると、腰が引けて心からねだっていなかったのでは?


42,800円という価格はネックだった。
1974年当時の大卒初任給は78,700円
もちろん、そんなアカデミックな計算をしていたわけではないが、中学生の僕がやすやすとねだれる金額ではないことは理解していた。

当時、ラジカセで4万円を超えるものはほとんどなかったと想う。ラジカセが5万円を超えるようになるのは、ステレオラジカセの登場以降だ。
少し話しが逸れるが、僕はこのステレオラジカセを初めて見た時、こう想った。

なんてこと、するんだ

あまりにもかっこ悪かった
その頃はモノラルとステレオの違いなど、どうでもよかった
今ならばステレオは「L」と「R」のスピーカーが左右に分かれていることに疑問はない。
だがこの時は、なぜカセットを筐体の中央に配したのか意味が分からなかった。

ラジカセというのは左にカセット、右にスピーカー。そのうえにラジオのチューニングやVUメーター。それこそが黄金律と信じて疑わなかったのだ。
ステレオラジカセの見てくれは、一学年下に降りて来た落第生のように、ばつの悪さが拭えなかった。


ショールーム販売に持ち込めなかった僕が、カタログを唯一のツールとして臨んでいた「スタジオ1980」交渉が暗礁に乗り上げていた頃、ナショナルから1台のラジカセが発売された。

つづく

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2020年6月 1日 (月)

「遅い」「不十分」「生ぬるい」は禁句

前回の5月17日から2週間の間に、新たに5つの大会が中止を発表した。
*データは2020年5月31日現在


■発表日(開催予定日)

5月18日
長崎平和マラソン(11月29日)

5月21日
おかやまマラソン(11月8日)

5月22日
新潟シティマラソン(10月11日)

5月24日
筑後川マラソン(10月11日)

5月29日
東北・みやぎ復興マラソン(10月4日)


これで秋冬に予定されているマラソン34大会中、16大会(47%)が中止となった。


上記の中で2つの大会には共通点がある。
「東北・みやぎ復興マラソン」(以下、東北)と「長崎平和マラソン」(以下、長崎)だ。
これは僕が去年、台風で走れなかった大会と、今年エントリーしていた大会でもある。
この2つの大会は既にエントリーを開始しており、ランナーは参加料を入金済みだった。

仙台に住む知人によると、5月に入った時点で繁華街の人出はそこそこに多かったという。
非常事態宣言もいち早く解除されている。

長崎については開催時期が11月末と遅い。非常事態宣言は早く解除された組であり、感染者数も低く留まっている。


34大会中18大会は現時点で中止を決めていない。新型コロナウイルス感染症の影響で、慎重な姿勢をとっているが、開催の可能性も模索しているということだ。
「東北」と「長崎」がその18大会と同様の姿勢でもおかしくはない。

態度保留の18大会の多くには共通点がある。
「大町アルプスマラソン」だけがエントリー受付中
「神戸マラソン」は受付を終了したが抽選発表を保留している。
つまり17大会は、まだ参加料を集めていない。


「東北」「長崎」の場合、お金を払った時点では、ランナー側に「選択権」がなかった。
つまり、コロナの影響でマスク着用で夏場の練習に臨み、大会を迎えることについての選択権だ。
それ以外にも、仕事、家族、そして自身の健康といった事情が変わっているかも知れない。

「東北」「長崎」の中止決定動機がそこにあるのかは知る由もないが「走れなくなった」「走りたくなくなった」ランナーへ配慮するカタチにはなった。
もちろん「走れる」「走りたかった」ランナーの選択権も奪ってしまったのだが。


地震・台風と言った天災が大会を見舞うシナリオは去年までにできていたが、大規模感染が襲うシナリオはなかった。
初めてのことについて、大会関係者を責めるのは酷だ。
ランナーも大会関係者もコロナの被害者という「同じ側」にいるのである。敵対する関係ではない。


それは、政府、行政、医療、サービスあらゆる人達についても言える。
「遅い」「不十分」「生ぬるい」
の3つは禁句だと想う。

自ら勝ち取ることができるものでなければ、与えられたものでなんとかする。

ど素人!マラソン講座

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