ホッチキスのピンみたいなので留めます
六話
「でも、切れてよかったですね」
タクシーの運転手はそう言って慰めてくれた。
頭を打って中に血が溜まるよりは、切れてよかったという意味である。
本当のところはよくわからない。
そう言われるとそうだと思う。現実に切れているのだから、それが不幸中の幸いだと分析した方が幸せだとは思う。
けれど、鬱血してたんこぶになるのは、何が悪いのかを知らない。
ただ、切れなかった人に対して「切れなくて良かったですね」という人はいないかも知れない。
椅子のシーツが真っ白なので、血が付きはしないかと心配になったが、もう血は止まっているようだ。
これで、病院まで行ける
ほっとすると、キズがズキズキと痛み出した。
救急搬送入口に救急車は停まっていないところをみると、院内は穏やかで平凡な夜を迎えているらしい。
かつて、入院していたこともあるので勝手がわかっている。
救急外来の入口から入り、警備員に「どもっ」と挨拶して夜間外来へ進む。彼も頭から血を流しているけが人に「ちょっと待て」とは言わなかった。
受付を済ませると処置室前の廊下で待機。
少し、落ち着こうとと腰掛けると
「あ、そうそう」
思い出したように看護師がやって来て体温、血圧を測る。
いつもより血圧がかなり高い
この機械が壊れているのか、うちで使っているANDの血圧計がおかしいのか。それとも、興奮している?
そんなことを考えていると看護師に「血圧を下げる薬とか飲んでますか?」と聞かれてしまった。
ほかには「お酒飲んでますか?」「今なにか治療中ですか」「なにか薬のんでいますか」と言ったことを聞かれたと思う。
酒を飲んでいなくてよかったと思う反面、酒も飲んでいないのに転ぶとは・・という残念な気持ちもある。
それから落ち着く間もなく、CT室へ行くように促される。
つい数日前、MRIを撮ったばかりだ
あれに比べれば、CTは拘束もルーズで時間も一瞬。
待ち時間ゼロ
誰も歩いていない照明が減灯された廊下を、すいすいと歩いて処置室へ戻る。
処置室には二人の女性が待っていた。
二人とも淡いピンクがさした上下を着ているので一見して、その役割が判別できない。
恐らく市川実日子に似た方が医師で、宮崎美子に似た方が看護師だろう
「ちょっと見せて」
市川実日子に促され、血を止めていたハンドタオルを外す。
円形にに血が広がっている部分は、既にずいぶん水分が失われている。
傷を確認して消毒を済ませると、彼女が治療方針を話す。
「痛み止めとかしないでホッチキスのピンみたいなので留めますから頑張っていきましょう!」
滑舌がイイ
頭の回転が速い
ほっとする情報と、新たな不安要素
それでも、事態が思ったよりも速く終息に向かうことがわかってきて、心に安堵の雪が積もり始める
小学校の時、針と糸で縫った時は大きな傷が残った。
ピンならば傷が残らないのでは?一筋の光が差す
合理的だ
ここで、市川実日子が何処かに消えた
恐らく"ホッチキスのピンみたいなの"を取りに行ったのだろう。
その間を利用して宮崎美子が「これで拭いてください」と笑って濡れたタオルを渡してくれた。
タクシーを汚さないよう足に付いた血は拭いてきたが、メガネと右手には乾いた血がこびりついていた。
すいません、写真いいですか
などと、もちろん言ったりしない
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