カチャン・カチャン・カチャン もひとつ カチャン
七話
月曜日の深夜、地域の救急医療を担う病院は静まりかえっている。
救急患者が運び込まれる処置室には、頭から血を流した僕と医師の市川実日子、看護師の宮崎美子。
待合室にも次の患者は来ておらず、他の当直医はしばしの休息を取っているのだろう。
何処かへ消えていた市川実日子が戻ってきた。
僕は反射的に彼女から目を反らして床に目を落とす。
恐らく、彼女の手には「ホッチキスのようなもの」が握られているだろう。
特に血を見るのが苦手といったことはないが、検診の採血では注射器から目を反らす。
彼女が右手に持っている機械に興味は湧かなかった。
宮崎美子が何をするでもなくヨコに控える。
市川実日子は「では、始めましょう」とも言わず、迅速な動きで僕の頭にそれを当てると、迷いもためらいもなく、一定のリズムで施術を始めた。
カチャン
カチャン
カチャン
(ちょっと間を置いて)もひとつ
カチャン
DIYかっ
最近では素人の工作にも使われれるホッチキスのような機械を「タッカー」という
市川実日子は、まるでプロの大工が木材を固定していくような、確信を持ったリズムで僕の頭に4本のピンを打ち込んだ
その時、僕は神経のスイッチを切り、感覚を消した。
あとでじっくり思い出すならば、それは「ぎしっ」という質感を伴い、まさに誰かからホッチキス(ステープラー)でピンを打ち込まれているような痛みだった。
それもけっこう太いピン
痛かったけれど、涙が出るほどではなかった
市川実日子に「がんばっていきましょう!」と言われていたので、動じないところをみせたかった
その上から宮崎美子が絆創膏で蓋をした
どうやら、これで終わりらしい
さっきから、さほど張り詰めていたわけではないが、さらに部屋の空気が緩んだのを肌で感じる。
市川実日子がCTの結果を見ながら言う。
「骨折や内出血はありません。1週間で傷がくっつきます。来週来てください。明日の夜には絆創膏を外して頭洗っていいです。でも湯船には浸からないで。次の夜からは湯船に浸かって大丈夫です」
その場で、一週間後の予約を入れてもらい、二人にお礼を言って処置室を後にする。
病院に着いてから、30分もかかっていない
それにしても、市川実日子の施術は迅速だった
「さぁて、ぼちぼち、打ちますか~」
と言わんばかりに慎重に事を運ばれたら、人に拠ってはけっこう辛いと思う
やるときは、すばやく、一気に
そういうものなのだろう。
ただ、あれだけ速いと、それが的確さも伴っていたのか心配は残る。
それは、一週間後にはわかるだろう。
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