五針縫ったのに傷みがない
十話
脳外科外来で受付を済ませると、その日の一番目の診察で呼ばれた。
「どうですか?」
待っていたのは市川実日子だった。
少し意外だったが、自分で診た患者は最後まで自分が診るんだなと独りごちた。
だが、考え直してみると、夜間救急に脳外科の医師が居たということである。僕が幸運だったのか、そもそも態勢が厚いのか・・
市川 どうですか?
moto いや、ふつーです^^;)
市川 そうですよね
市川実日子に、僕の応えは織り込み済みだったらしい。
そこに(深夜外来の)宮崎美子ではない看護師がやって来て、机の上に銀のトレーを置く。
そのトレーには銀色に光る道具が入ったビニル袋が乗っている。
そこで僕はフクロの字を読んだ
抜絢器
バツシュンキ?じゃないよな
ここ(診察室)は、スマホを取り出してメモが取れる場所ではない
「いとへんに食べ物の旬」
僕は短期記憶領域に記銘の指示をする
あとで「Google先生」に聞こう
消毒済みであることを判別するために、ビニル袋に入って登場したのであろう抜絢器。
市川実日子は袋からハサミのような形状のそれを取り出し右手に握ると、すっくと立ち上がる。
小学一年時の怪我で抜糸した時も、麻酔や痛み止めの類いは施されなかった。ましてや今回は五針縫う(打つ)時でさえ痛み止めがなかったわけで、抜糸(抜絢)の時にそれがないことは、僕には織り込み済み。
市川実日子からも「痛み止めはしませんから」といった説明はない。
ここで、一般的患者ならば誰もが次の一手は「ピンが刺さっている部分を消毒する」と読むだろう。もちろん、僕もそう読んだ。
ところが、看護師はソラマメのような銀色のトレー(膿盆=のうぼん)を構えて、市川のすぐそばにスタンバイ
いきなりの臨戦態勢に入った!
処置の時と同じだ
患者に考えるヒマを与えない
余計な不安を増幅させるヒマがない
僕は一瞬にして身構える
小学一年生の時に感じた、針金が抜けるような鈍い感覚を想起して覚悟する
市川実日子は抜絢器を頭に当てるとテコの原理を応用してピンを抜く
スコンスコン
いや、今度は音がしない
確かにピンが抜けるだけの間がそこにあった
だが、感覚だけが無い
全然痛くない
あれ?こんなもん?
その間にも市川実日子はスコンスコンと5つのピンを抜き終えてしまった。
いったい、どれくらいの深さか知らないが、皮膚に打ち込まれていた金属片が抜けたというのに、この無感覚はどーゆーことっ?
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