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2021年1月21日 (木)

中学に上がり、毎日の日記が書けなくなった僕は何をしたのか?

あと数年が経てば、AIが僕の代わりに日記を書いてくれるかも知れません。
(このブログもAIが書いてくれたら・・)
現代ならば、iPhoneのSiriに向かって「ミスドのBBQパイ美味い」などとつぶやいておけばメールが届き、タイムスタンプと共に時系列の記録が残ります。数日後、芋づる式に記憶を辿り、その日の日記をでっち上げることはお手の物。

しかし、当時はスマホやパソコン、電子手帳もありません。

一学期が終わる間際のある日
その日、学級当番だった僕は、級友が部活(陸上部)に出払った教室で1人、学級日誌を書いていました。

学級当番はその日の授業開始終了の挨拶や反省会(夕礼)の司会を担い、その日の欠席者(ほとんど居ない)などを日誌に書き込むという役割を担っています。

僕はその時、Good idea をひらめきました。
そして、そのアイデアを心に温めて、土曜日の午後を待ちました。

迎えた土曜日のお昼休み
僕は職員室に担任の磯崎先生を訪ねて、こう切り出します。

今日と明日、学級日誌を貸してください
月曜日には忘れずに持って来ます

「持って帰ってどうするんだ、そんなもん」
そう言った先生は笑っている。
筋を通せば話しのわかる先生だと、僕は信頼を寄せていたので、ここはありのままを話します。

「実は小1から6年間、毎日、日記をつけているのですが、このところ、陸上の練習がきつくて、なかなか書けないんです(←ここは脚色)それで日誌を見ながらまとめて書きたいんです」


二言目には「いかがなものか」と苦言を呈する人で溢れている現代のようなややこしい時代ではない。

磯崎先生は僕を信頼して日誌の持ち帰りを認めてくれた。


勉強机に向かって学級日誌と日記帳を並べる
日誌は横組み、下から3分の1に横罫が5行ほど引いてあり、そこに当番が「雑感」を書き込むスペースがある。

ところが、これがまさに「雑」だった

「moto君が今日も数学で寝ていて怒られた」
といったトピックが書かれていれば、そのタグから記憶域にアクセスできるのだが、ほとんどの当番が「今日は暑かった」「雨が降った」といった1行にも満たない記録しか残していない。

飛ばし飛ばしに、思い出せそうな日の日記を埋めていったが、とても一ヶ月の空白はつながらない。

万事休す
その日、僕は6年余毎日続けた習慣の終焉を決意した。


これが「毎日続けていることに終わりが来た」時のお話です。
ちなみに「全員強制 陸上部」は一学期で解除。
・最初に基礎体力を作る
・希望者が少ない陸上部に引っ張る候補を見いだす
という目的で、初めからそう決まっていたと、後に先生が教えてくれました。

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