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2021年1月20日 (水)

「毎日続けていることに終わりが来た」時のお話

今日でしらべるは7600日、このブログは5600日を迎えました。
毎日更新、連載しているので7600日連続更新、連載は5600日です。
いつも読みに来ていただき、ありがとうございます。

こうして毎日続けられる理由は、2016年に「ブログが3900日つづいた理由」で触れています。
母の薦めにより小学校に入学した日から毎日、日記を付けていたことで「ある1つのことを毎日続ける」力が養われたようです。

しらべるは7600日、20年以上続いているわけですが、日記は小学校からずっと今まで続いているわけではありません。
それは、中学校に上がったある日終わりました。
中学生の僕も「せっかく6年間続けていることだから、なんとか続けたい」と抗ったのです。
今日は「毎日続けていることに終わりが来た」時のお話です。


僕が入学した上五島にある魚目(うおのめ)中学校では、すべての1年生に部活への参加が義務づけられていました。
楽ちんの「文化部」というものは一切なく、すべて「運動部」

しかも、僕が入学した年は、誰の気まぐれかは知りませんが「全員が陸上部に所属」することになったのでした。
ほんと、えらい迷惑でした。

僕は小さい頃からあらゆる「球技」が大好きでした。
野球、サッカー、ドッジボール・・
なんでも人並み以上にできていたと思います。
その中学校を入れ違いに卒業した姉はソフトボール部でしたが、男子は野球のみ。野球部は死ぬほどキツイと聞いていたので、僕はバレーかバスケ部に入るつもりでした。
球技が得意なので、高校では弓道部に入ったほどです。
違うかぁ^^;)フルッ

しかし、それ以外の体育は全て苦手
いわゆる運動神経がない方の子供だったわけです。
水泳は1mすら泳げなかったし、50m走はいつもビリでした。
それが、いきなり陸上部です。

100m走×5
サーキットトレーニング
農道一周(長距離)
陸上部顧問による本格的メニューを1学年の75人全員がこなすわけです。


毎日、それだけでへとへと
家では勉強は一切しなかったので、日記を書く時間はあったはずですが、その頃「音楽」に出会ってしまい、ラジオやラジカセに大半の時間は消えて行く

小学校6年間は、毎日その日のうちに書いていた日記が1日たまり、2日たまり、数日分をまとめて書くようになりました。

恐らく皆さんもそうだと思いますが、中学校の頃というのは「人生で一番記憶力がいい」時期です。
(本当かどうかは知りませんが)
その頃、聴いていたQUEENの「タイユアマザーダウン」や「ボヘミアンラプソディ」は、数十年が経った今でもそらで歌うことができます。

過去一週間くらいまでは、断片的な記憶から紐付けて思い出し、なんとか書くことができたのですが、その"宿題"が1か月分たまった時、ついに「その日(どの日)に何があったのか」を思い出せなくなりました。

普通の人ならば「別に毎日書かなくてもいいよね。日記なんて無理して書くものじゃないでしょ」と思うでしょう。

しかし、日記習慣により「几帳面さ」も身につけていた僕は往生際が悪かった。
そこで、ある行動を起こします。

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