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2021年6月24日 (木)

ボランチとは?第一人者 遠藤保仁の略歴

19節を終えて首位と勝ち点で並ぶ2位につける磐田に遠藤保仁がいる。

チームメイトやサポーターから「やっと」と親しまれる遠藤保仁はJリーグにおけるボランチの第一人者。

「ボランチ」とはFWとDFの中間に位置して、攻守の切り替えを担う役割をいう。
ボランチはポルトガル語。意味は「舵取り」
ポルトガル語を使う国のフットボール関係者間で使われていた言葉が、メディアを通して広まったと推察する。

FIFAの登録にボランチという言葉はなく「MF」と呼称している。
「守備的MFがボランチである」と解釈する人が多い。

V長崎の陣形は4-4-2と表記されるが、カイオセザール、加藤大大、2人のボランチは2列目「4」の中央に居る。

現在行われているユーロ2020を戦う前回覇者ポルトガル代表は4-2-3-1と表記され、ボランチは後ろから2列め「2」の2人。

前節の磐田は3-4-2-1。後ろから2列め「4」の中心に遠藤保仁が居る。

 

■遠藤保仁(えんどうやすひと)の略歴

1980年1月28日
鹿児島県生まれ(2021年6月現在41歳)

1998年
横浜フリューゲルスでプロデビュー

1999年
元旦、天皇杯優勝を最後に横浜フリューゲルスが解散
京都パープルサンガに移籍
U20W杯 出場(準優勝)

2000年
シドニー五輪はバックアップメンバーとして招集された
京都パープルサンガがJ2降格

2001年
ガンバ大阪に完全移籍

2002年
地元開催のW杯には招集されなかった

2003年
ユニフォームナンバー「7」に変更

2005年
ガンバ大阪J1初優勝 シーズン10得点

2006年
ドイツW杯でW杯初招集。しかし、試合出場機会なし。フィールドプレーヤーで出場機会がなかったのは遠藤だけだった。

2007年
ガンバ大阪がナビスコカップ(現在:YBCルヴァンカップ)初優勝

2008年
ガンバ大阪 がACL初優勝。12月のCWCでは3位

2009年
元旦、天皇杯2008でガンバ大阪が初優勝
著書「自然体 自分のサッカーを貫けば、道は開ける」
以後、多数の著書を発表する。発行点数は現役Jリーガーでは最多だろう

2010年
W杯2010でW杯初出場
グループリーグ3節デンマーク戦では、芸術的なループの直接FKを決めた
著書「明日やろうはバカヤロー」

2011年
著書「信頼する力 ジャパン躍進の真実と課題」
アジアカップ優勝

2013年
西部謙司との共著「眼・術・戦 ヤット流ゲームメイクの極意」

2014年
著書「サッカーってやつは…。」
W杯2014出場
グループリーグ1節、2節に途中出場
著書「変えていく勇気 日本代表であり続けられる理由」

2015年
著書「白紙からの選択」

2017年
著書「一瞬で決断できる」シンプル思考

2018年
2018年W杯は招集されなかった。遠藤保仁は一度も「代表引退」は口にしていない

2020年10月
ジュビロ磐田へ期限付き移籍


前節19節 磐田 1-0 甲府
遠藤保仁は先発して76分の出場(Jリーグ700試合出場)
前半3分、裏を取ったルキアンを手で止めた甲府のメンデスがドグソで一発退場。大半の時間を 11-10で戦った。
15分、左からのCKを遠藤保仁が蹴り、こぼれた球を大津がGKの顔めがけてシュートして先制。今シーズン11回先制して100%勝利している。


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