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2022年2月 3日 (木)

リカレント教育の第一人者 髙田春奈の略歴(2話)

明しゃちょーは畏れ多い方だったが、春奈社長には共に戦う同志という感覚をもっている。
(同志と言うことは畏れ多い)


戦うというのは東京ヴェルディと戦うほうの「戦う」ではない。

「世界平和」を鼻で笑う人
けんか腰の言葉を使わないと「お花畑」と揶揄する人
地域創生に無関心な人

こういった人達との戦いだ。
畏れ多いが、同志と想う理由はその経歴、就任後の足跡にある。


V・ファーレン長崎社長前夜の高田春奈について

■髙田春奈の略歴

1977年5月17日
ジャパネットたかた創業者 髙田明の長女として平戸で生まれる
メディア資料では「佐世保出身」と記載されている
本人も「佐世保出身」と話している

1978年
髙田明が三河内に出店(たかたカメラ佐世保営業所)佐世保に引越

1990年4月
中学より自ら親元を離れ、神戸で寮生活

1995年1月
阪神淡路大震災被災 当時高校二年生

1997年4月
国際基督教大学入学

2001年4月
SONY入社 最初の仕事は蓑宮武夫の秘書
その後教育・採用・人事を経験

*参考文献
「友だち力: 仕事も人生も10倍楽しくなる簡単な方法」
蓑宮武夫 PHP 2014年11月
"ソニーを飛び出して活躍する仲間たち"の一人として紹介されている

2003年4月
弟の髙田旭人がジャパネットたかたに入社

2004年3月には、ジャパネットたかたで顧客情報漏洩事故が起きている
当時の髙田明社長は即時販売活動を停止。
大きな損失を出したが、それが好感されて、その後V字回復を果たす

2005年10月
SONY退社
ジャパネットソーシャルキャピタル(人事コンサルティング会社)設立

2006年4月
業務の傍ら東京大学経済学部経営学科三年生に学士入学

2008年3月
東京大学卒業

2010年7月
エスプリングホールディングス設立

2013年4月
東京大学教育学部三年生に学士入学

2015年
1月1日、ジャパネットメディアクリエーション設立、社長就任
4月、東京大学大学院に進む

2017年
V・ファーレン長崎を広報担当として支援

2018年4月~
V・ファーレン長崎上席執行役員を兼務して運営担当。その後、広報担当

2019年5月4日
日本橋長崎館で開催したヴィヴィくんのおたんじょうび会を取り仕切る
集まった参加者にMCが「長崎県外出身の方どれくらい居ますか?」と問いかけたところ、なんと7割の人が手を挙げた。
V・ファーレン長崎のユニフォーム着用で参加したのは5%未満^^;)
このイベントに臨場して「このクラブの可能性を感じた」と、社長就任時に語っている

 

1度社会に出た後、学校に戻って学び直すことを「リカレント教育」という(リカレント=循環、回帰)

日本のサラリーマンは、学校卒業まで集中して教育を受け、その後は定年まで働き続ける。
社会を経験してこそ学びたいものが見えてくる。また学校に通っていた頃と比べて科学技術は大きく進歩している。

1995年に知った、この概念に僕は多いに共感した。
周りでは、働く多くの人が「学校で学んだことはなんの役にも立っていない」と言っていた。
1度社会人を経験した今ならば、ピンポイントで学びたいことがある。
だが当時「リカレント教育」は書籍に書いてある概念に過ぎない。
本社にレポートを書いて、2週間の「洋上研修」を経験させてもらえたが、それが精一杯だった。


春奈社長は2度、学校に戻り学び直している。
これほど「リカレント教育」を実践した人を僕は知らない。



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