デストロイヤー マスカラス まだ引退していないのかな検索で旭日双光章
遠い昔に憧れていた千葉真一(アクション俳優)の訃報に接したのは去年8月のことだ。
去年は、同じくアイドルだった沢村忠(キックボクシング)も3月に亡くなっている。
子どもの頃は、千葉真一のようにカッコよく、沢村忠のように強く、そしてマチャアキ(当時歌手兼役者)みたいに面白い大人になりたかった。
(面白くなる目標だけ、少し近づけたと想う)
こうした訃報はニュースで飛び込んでくることもあるし
「あの人、まだ生きてるかな検索」
で「Google先生」に教わることもある。
それとは別に「まだ引退していないのかな検索」もしていたのが、二人の覆面レスラー。スポーツ選手というのは歳をとると現役を退くものだが、プロレスは例外で60歳を過ぎているから引退しているとは限らない。
一人は1973年から1979年までジャイアント馬場の全日本プロレスに参加していたザ・デストロイヤー。
プロレスというのは力道山の時代から、日本人が外国人を倒すのをみて溜飲を下げるものだったので、その外国人が「日本陣営」に入ったことには大変驚いた。
今でこそ、相棒を裏切る、敵に寝返るというストーリーはプロレスのお約束だが、当時はフルネルソン(羽交い締め)したら交わされて、相打ちでギャフンという猿芝居程度だった。
20世紀風にいえば「プロレス自由化」、いま風にいえば「プロレス・ダイバーシティ」の先鞭をつけたのがデストロイヤーだったと言える。
彼は米国に帰国後、1993年(62歳)まで現役を続けた。
2003年には日米の文化交流を促進する活動団体「NPOフィギュア・フォー・クラブ」発足
2019年に88歳で亡くなっている。
もう一人はミル・マスカラス
毎試合、異なるマスクをつけるという触れ込みで「千の顔を持つ男」と呼ばれていた。
地方会場では新デザインのマスクを披露し、大都市会場で行う節目の試合では額に「M」が入ったトレードマーク・デザインのマスクを着用した。
ある時期を境にマスク2枚重ねで入場し、リングアナからコールされると、上に被っている1枚を観客席に投げ入れるパフォーマンスを始めた。
当時はプロレスショップもインターネットもなく、お金を積んでもマスクは手に入らない時代。観客は、餌を投入された養殖ハマチのように必死でマスクに手を伸ばしていた。
マスカラスは1971年に日本プロレスに初来日。
1972年からは馬場が設立した全日本に参戦した。
1974年には「日本陣営」に居たザ・デストロイヤー「覆面10番勝負」の対戦相手となる。
試合は互いにフライングクロスチョップ、足四の字固めという十八番で1本ずつ取り合った3本目、再び「四の字」が決まる。なんとか逃れたマスカラスだったが、足にダメージがあり、デストロイヤーの頭越しのジャンプに失敗。急所を頭突きされるカタチとなりレフェリーストップ。互いの名誉を傷つけず痛み分け。
心配したデストロイヤーがマスカラスのタイツの腰ひもをゆるめると、マスカラスが嫌がるというシーンが印象的だった。
その後、ジャンボ鶴田の「鶴田試練の10番勝負」にも登場。こちらは1-2ピンフォール負けできっちり片が付いた。
エースのジャイアント馬場にも対戦を要望していたが、馬場はレスリングスタイルが合わないことを理由にシングルの対戦を一度も組まなかった。人気レスラーのブランドに傷をつけたくないという配慮だったと思われる。
今般「まだ引退していないのかな検索」をしたところ「Google先生」より2つの情報がもたさされた。
2019年「ジャイアント馬場没後20年追善興行~王者の魂~アブドーラ・ザ・ブッチャー引退記念~さらば呪術師~」に出場。同年現役引退(79歳)
2021年11月、スポーツを通じた日本・メキシコ間の相互理解促進に寄与したとして旭日双光章を受章
文化交流ならば、デストロイヤーだって負けていないぞと「Google先生」に尋ねると、デストロイヤーも一足早い2017年秋、旭日双光章を受章していて、ほっとした。
世の中が便利になり「ゴング」の発売を待たなくても、プロレスの情報が入るようになった。
あとは、マスカラスの覆面を大人買いしないよう、気をつけなければならない。
「マスカラス マスク」
わっAmazonでも大量に売ってるし^^;)
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