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2022年7月29日 (金)

東京フォーワードではないと想う、TOKYO FORWARD

東京2020大会1周年記念イベントーTOKYO FORWARD

15:00 開場
この時間、
・メイン(中央門側)
・北サイド(メインから向かって左・千駄ヶ谷門側)
・南スタンド(メインから向かって右・外苑門側)
に陽は差さない。

ただバックスタンド(青山門側)だけが、くり抜かれた屋根の隙間から楕円形の日射を浴びている。
そのあたりに誰も座っていないのは、誰もがコンコースに避難しているからだ。

というのは、バックスタンドからやってきた選手村仲間近藤さんが教えてくれた。
B棟の職員さんだった近藤さんは、最初にレジセンの仕事を教えてくれた僕の先生。
近藤さんのわかりやすい研修のお蔭で、僕は興味と関心を持って仕事を覚え、2か月間の選手村生活を楽しむことができた。
・・・と真顔で話したが、どれだけ伝わっただろうか。社交辞令と想われたかも知れない。


16:15 オープニングアクト
スケートボードアスリートによるデモンストレーション
ただし、リンクは北スタンド側に設営されており、南スタンドからは視認できなかった。


オリパラを通して、2度同じシフト(A棟)に入った日立さんがやってきた。
最後にParalympic Villageで会って以来、11ヵ月ぶりの再会。
でも、そんな時間が経ったとは思えない。

2人でB国オフィスの窓拭きをしたこと。くじ引きで時計が当たったこと、当たらなかったから買ったこと。思い出す限りの思い出話に花を咲かせた。

30年前にパソコン通信を始めた頃、仲間とオフで再会すると「久しぶりに会ったとは思えないね」と言い合っていた。
そして、その別れに名残惜しさや寂しさはなく「またすぐ会える気がするね」と話していた。

価値観を共有して、共感した仲間とは、たとえ離れていても、会った途端に空白の時間が埋まるのだろう。
今日、再会した仲間たちとは、この秋「横浜マラソン2022」のボランティアでふたたび再会することが決まっている。


17:00 開式
冒頭、東京2020誘致に貢献された安倍晋三元総理大臣へ黙祷を捧げる。
挨拶に立つ人々が、安倍さんへの感謝と追悼を口にする。

僕はそれを聞きながら「なぜ誰も石原慎太郎さんのことは言わないのだろう」と考えていた。
東京2020の歴史は、2005年9月に当時の石原慎太郎東京都知事が、2016年夏期五輪の招致を表明したところから始まっている。
それは僕が東京五輪を目指してスポーツボランティアを始めるきっかけだった。

2016年夏の招致はリオに敗れたが、2020年夏の招致決定前年(2012年10月)に都知事を辞するまで、招致の井戸を掘り、主導した功労者が石原慎太郎さん。
(招致決定時の都知事は猪瀬直樹氏)
東京マラソンの生みの親でもある石原慎太郎さんは、今年2月に89歳で亡くなられた。


さっきまで一階席を蒸し風呂にしていた楕円形の日差しが二階席に上がった頃、トラックではパレードが始まる。
小池百合子東京都知事、ミライトワ、ソメイティを先頭に、MCの松岡修造さんが「数人来てくればいいと想っていた」サンライズレッドのシャツと靴で揃えた日本選手団は200余名。
それにCity Cast、Field Castがつづく。

一年前の今日、誰も座っていないのに、人が座っているように見える客席には誰も座っていなかった。
ここに参加した200人のアスリートに、今年は僕らの拍手が耳に届いたと想う。

パレードの動画(tweet)

TOKYO MXの帯番組では、声の調子が悪いのか?と想うほど聞き取りづらい時がある平井理央のMC、今日は青空に突き抜けそうなほど声が出ていて活気がある。
イベント名の「TOKYO FORWARD(東京フォワード)」を、ただ1人「東京フォーワード」と言い続けていたのが印象に残った。

18:40 閉式
間もなく終わりという頃、大月さんがやってきた。
僕らは青山、六本木、麻布十番という僕らには場違いな町を避けて、庶民の町大門の庶民的な居酒屋で、今後のボランティア活動について語り合った
(ということにしておこう)

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