ここへ来られた方、ここに来られなかった方と共に喜びたいと思います
東京五輪が終わった。
そこに無理やりスポットを当てると、あぁ長年の夢が終わったんだなとなる。
感情はむりやり作り込むことができる。
そう思えば、そう思えるし、考えなければ、そこにはなにも存在しない。
2005年に石原慎太郎都知事が五輪の東京招致を表明し、2006年に国内の候補地となることが決まった。
自分が住む街で五輪が行われる光景を想った時、そこに幸せな未来が待っていると考えた。
アスリートではない自分でも五輪に関われる手段として、2007年からスポーツボランティアを始めた。
恐らく、多くの人が同じことを考えるだろう。
たくさんの応募者の中から選ばれて役割を得るには、準備は早いに越したことはない。
9年前から備えれば、いい線いくのではないかと思っていた。
(その時点では招致は2016五輪だった)
13年の時を経て迎えた2020年は、コロナのお蔭で輝きを失った。
延期、中止論と紆余曲折を経てたどり着いた2021年夏期五輪。
閉会式を迎えた時には寂しくて仕方がないだろう
寂しさを紛らわすために、仲間との打ち上げは必須だ・・・
かつて、そのように考えていたが、現実は違っていた。
「ひと区切りだな」というくらいで、不思議なくらいに感慨がない。
それは、今の自分にとってオリパラがセットで「東京2020」だからだ。
Olympic Villageが閉村すると、つづいて Paralympic Village の活動に移る。
まだ東京2020は続いていく
五輪閉会式を見ながら「選手村用語集」を改訂している。
その作業では用語の追加、修整とは別に「今日のひとこと」というコラムを書く。
果たして、何人の人がそれを読んでくれているかはわからないが、それは、日ごろから慣れっこだ。
(以下引用)
■8月8日の今日のひとこと
五輪が終わりましたね。
これからパラリンピックへと活動がつづいていく方は「一区切り」でしょうか。
「五輪が終わった」というところに焦点を当てると、それぞれ感慨は異なっていると思います。
やり遂げた充実感に包まれる方、ちょっと考えていたのとは違ったなという方もいるかも知れません。
2019年2月に「新聞タワー」から始まったボランティアジャーニーは、2年半の時を経て一区切り。
私達は、アスリートに舞台を、スポーツファンに競技の感動を届けることをやり遂げました。
ここへ来られた方、ここに来られなかった方と共に喜びたいと思います。
「選手村用語集」はパラリンピック活動期間も更新を続けます。時々、読みにきてください。
(引用おわり)
"ここへ来られた方、ここに来られなかった方と共に喜びたいと思います。"
この言い回しは、選手村活動が始まった頃に参戦したLOVE PSYCHEDELICO 20周年ライブのフィナーレで語られた、KUMIのメッセージから引いている。
コロナ禍により2020年に予定されていた「20周年」が中止となり、チケットは一旦払戻。
再度、抽選の末2021年7月に開催された。
僕は2020年に外れていたが、2021年では当選の僥倖を得て、その場に臨んでいた。
その逆で涙をのんだ人も多かったはずだ。
「ここに来たかったのに来られなかった人」がいる
その存在に思いを馳せて、言葉にする
KUMIは僕のなかになかった価値観をおしえてくれた。
2022年夏の甲子園決勝後、優勝した仙台育英高校の須江航監督が、場内インタビューで語った言葉は多くの共感を呼んだ。
(以下引用)
「本当にすべての高校生の努力の賜物で、ただただ僕たちが最後にここに立ったというだけなので、ぜひ全国の高校生に拍手してもらえたらなと思います」
(引用おわり)
「今ここに居ない人が、共に居る」
ことを言葉にした須江監督の姿は、とても美しかった。
光が当たる人、当たらない人
光が当たるスポーツ、当たらないスポーツ
スポーツの世界、スポーツボランティアの世界でも「光と影」は常にある。
五輪閉会式を迎えた時、僕の中で、オリもパラは一つの地平線上にある、つながった世界に見えていた。
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