5種類のコーヒー豆を揃えた僕の部屋がたまり場にならなかった理由
ある日、僕の部屋のインターホンが鳴った。
当時、インターホンという設備は一般的ではなく、アパート住まいの友達でもインターホンが付いているのは僕だけだった。
古びたアパートである曙荘にそんないかした設備がついていたわけではなく、それは僕が「技術」の授業で作ったインターホンだった。
トランジスタラジオとインターホンのどちらかを各自が選び、授業中に作るのである。ラジオはどこの家にもあるが、インターホンがある家は珍しかった。
大抵の旧友がラジオを選んだことも、天邪鬼な僕がインターホンを選んだ一因だと想う。
このインターホンが鳴ると「ぴーっ」という夜明けの停車場に着く列車の警笛のような音がした。
それも、けたたましく
僕が電気抵抗の付け方を間違えたのかも知れない。
この音がする度にきっと、隣人は鬱陶しかったと想う。言うに言えなかったのだろう。ごめんなさい
曙荘の僕の部屋を訪ねてくる人はなかった。
周囲では「大学に近いと、たまり場になるぞ」というのが定説で、僕が曙という少し離れた場所を選んだ理由でもあった。
だが、あまりに澑まられないのも寂しい。
しょっちゅう、人が来るのは鬱陶しいが、たまには来てほしい。
曙荘に来てすぐ電動コーヒーメーカーを買った。
電動ミルが付いた、当時にしては本格的なマシンだ。
高校生の頃「750ライダー」を愛読していて、行きつけの喫茶店をもつことに憧れていたのだ。
「マスター、ブレンド!」
「バイトはいいのか?」
といった会話をしてみたかった。
この3ヶ月後に「ロッキングチェア」という喫茶店に出会うのだが、この時点ではそうとは知らず、とりあえず、自前の珈琲環境を作ることにしたのだ。
モカ、キリマンジャロ、ブルーマウンテンといったコーヒー豆を、天神ビブレやショッパーズで買ってきた透明の瓶に入れて、常時5種類ほど並べた。
このように特定の産地などの豆を単品で淹れるのを「ストレート」と呼び「ブレンド」と対比されることは、後に「ロッキングチェア」のマスターが教えてくれた。
客人があれば「何にする?」と希望を聞いて豆を挽き、可愛いカップで珈琲を提供する。
きっと「お店みたいだね」と言ってくれるはず・・・
僕は形から入る男なので、そこがゴールだったとも言える。
しかし 「こたつ」「テレビ」「飲み物」という、たまり場三種の神器が揃った僕の部屋がたまり場になることはなかった。
恐らくそこに「人の話を聞く姿勢」「穏やかな人柄」「癒やしの雰囲気」が足りなかったのだと思う。
友達が来ないだけではない。
当時インターネットはないので、今でこそ当たり前のヤフオクもAmazonもない。
小包が届くこともなければ、書留も来なかった。
「ぴーっ」
そんな僕の部屋のインターホンが鳴った
「高田さんの荷物のことでお願いがあるのですが」
ドアを開けると棒状の荷物をもった男が立っていた。男が言う
「高田さんに荷物を届けに来たのですが、お留守なので、預かってもらえないでしょうか」
一瞬、頭が混乱した。
全員が知り合いという田舎の集落ではない
ここは、政令市福岡だ
同じアパートの住人だが、高田さんの顔も知らない
大切な荷物を見ず知らずの僕が預かっていいのか・・
こういう、何かする方・しない方を選ぶ時、僕はする方を選んでいる。
この荷物を預かれば、見知らぬ隣人と一度は接点がもてる。
それで、親しくなるとは思えないが、同じ階に住む人がどんな人かを知っておいて損はない。
配達員の申し出を受けた僕は、恐らく伝票に受取のサインをしたのだと思う。
今ではありえない運用だが、そういう時代だったのだろう。
それからメモをしたため、高田さんなる人が住む部屋のドアにはさんでおいた。
「お荷物を預かっています 202号室 moto」
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