奥多摩参考記録【12話】寂れ往く神社の「現在」をしらべる方法がない
人は見知らぬ土地で「案内図」と対峙した時、その図にまず「現在地」という情報を探す。
だが「小河内神社案内図」の看板からは、現在地と目的地を相対化することができなかった。
「現在地」と書かれている文字の左には「温泉神社」、その上に「小河内神社」
「温泉神社」はここから 4.5kmほど離れており、自分の頭に入っている地図とは相対的な位置関係が違っている。
あとで(以下の)写真をみて気づいたのだが、現在地という文字から細く赤い矢印が出ていて、現在地の看板を指しているのだが、看板自体の色が煤けていて見えなかった。
看板を頼るのは諦めた。小河内神社までそう遠くはないはずだ。
多分こっちの方だと想う方向に歩き始める。
だが「小河内神社はこちら」といった看板は、どこにも見当たらない。
1度立ち止まり、360度ぐるりと見回していると、そばにある建物から1人のおじさんが出てきた。
助かった。きっと、彼に聞けば教えてくれるだろう。
すみません、小河内神社に行きたいのですが・・
すると、彼の口からは、あまり聞きたくなかった情報がもたらされた。
「去年の10月に崖が崩れて通行止めになっているんですよ。だから一般の方は通れないんです。橋も渡れなくてね」
彼が出てきた建物には一枚の貼り紙があり、そこにはこう書かれていた。
小河内神社方面 通行止
400m先崩落により歩行者も通行できません。
その貼り紙によると、現在地から神社までは600m。その手前200mの崖が崩れて通れなくなっているらしい。
おじさんは麦山浮橋が通れなくなっている理由についても、親切に説明してくれた。
「水位が上がらないと、工事してくれないんですよ。水道局の管轄だからね」
"水位が上がらないと工事ができない"というのは腑に落ちなかったが、あとから撮った写真を確認して初めて、水位が下がった状態では床版(しょうばん 渡る所)が水平にならないためだとわかった。
これは困った。麦山浮橋が渡れないばかりか、本日の主目的である小河内神社の参拝もできない。
次の目的地である温泉神社に行くしかないのだが、奥多摩湖バス停方面に戻るバスは、あと1時間こない。あたりにはそれまで時間を潰せそうな名所もない。
小河内ダムまで歩くしかないかぁ
僕は、おじさんに聞こえるよう、わざとらしく嘆きの声をあげた。
建物の前に1台の自動車があったからだ。
「よかったら、乗せていこうか?」
あわよくば、さらなる親切を期待したのだが、現実は甘くなかった。
「橋は通行止めですけど、大丈夫ですか?」
と言ってくれた運転手さんが「神社と橋は通行止めです」と言っていたら、僕は余計に混乱していただろう。もうここまで来てしまっているのだから、今さら言われても遅い。
僕が下調べする際「通行止め」というキーワードを追加しておくべきだったのだ。
「小河内神社 通行止め」については、帰宅後に「Google先生」に尋ねてみた。
東京都神社庁のページは小河内神社の概要を記しているだけで、現状をアップデートした情報は掲載されていない。
ヤマレコのページに日記として「東京 奥多摩 小河内神社への道が落石のため通行止めです」と報告が上がっていた。
麦山浮橋については、東京都水道局のウェブページに「通行止め」情報が掲載されている。
(引用ここから)
麦山浮橋は、小河内貯水池の水位低下により通行が危険となったため、当面の間通行止めといたします。
(中略)
通行止め期間 令和5年3月6日(月)から
当面の間(水位が回復するまで)
(引用ここまで)
これとは別に「令和4年6月11日から通行再開」の情報も見つかった。
こうして、水位が上下する毎に通行再開⇔通行止めを繰り返し、その都度、東京都水道局が「現在」の状況を知らせているようだ。とても、きめ細かい対応である。
*奥多摩湖(小河内貯水池)は水道取水専用湖であり、東京都水道局が管轄している
「Google先生」「生成AI」と、世の中には便利な情報収集手段が整いつつあるが、そこには、まだ整備が追いつかない情報属性がある。
それは「現在」という属性。現在、どうであるかという状態の情報だ。
情報は「誰か」が新規作成した時点の「現在」を伝えているのだが、その宿命として時と共に古びる。「誰か」がアップデート(更新)しない限り、その情報の現在地とは齟齬が起きやすい。
昨今、営業店舗の情報には「開店」「閉店」「混雑」といった情報が付加されている。
ただそれは "陽の当たる" 施設に限られる。
利用者が多く、情報を提供する「誰か」が多い施設の場合、より新しく詳細な「現在」を知ることができる。
だが "陽が当たらない" 注目度の低い店舗、観光地については、今どうなっているかがわからない。
ずいぶん前に調べて「ここの牛にぎり寿司、いつか食べに行こう」とメモしておいた情報がある。いざ行くとなって念のためにしらべると、情報の更新が止まっている。閉店したのかも知れないが、それについて追究する方法がない・・・といった具合に
そのようなことが全国の神社で起きている。と旧友から聞いていた。
ネット上の地図には載っているが、行ってみると宮司が居ない、放置され忘れ去られている・・
事前に「現在」を確認する方法がない。
10:53
麦山浮橋が渡れないのはわかっていたことだが、まさかの小河内神社参拝もできず。
僕は「情報が違っているかも知れない」と、いま1度、スマホの乗換案内アプリで復路のバスをしらべる。残念ながら、こちらは「現在」の情報だった。
奥多摩湖方面のバスが来るまで、あと1時間
次の目的地である奥多摩温泉神社までは4.5km
1kmあたり13分で歩くとして59分
歩くしかない
通気性が高いAirpeak Proを被っていても、額に湿気を感じているところをみると、どうやら気温が上がっているらしい
1度帽子を脱いで、額の汗を拭ってから、僕は歩き出した
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