奥多摩参考記録【24話】最後の一滑りで手首を切ってしまう
いくつめかの滑降を、根茎にアウトソールのスタッド(突起)を引っかけて体を止めた時、初夏の強い日差しをこもれびに換えていた木々の隙間のむこうから金網が見えてきた
子どもの頃から見慣れている境界線を仕切る壁
ひし形に編まれた針金でできているので、向こう側を見通すことができ、その先には見覚えのある道路と湖
道路は恐らく、さっき僕が迷い込んだ散策路(奥多摩湖いこいの路)その先が奥多摩湖であることは疑いようがない
つまり、僕は山ではない場所、そこが安全だと知っている場所に戻ってきたのだ
湖の手前には、安全に通れる路があることを知っていたことは大きかった
崖を滑ってきて、奥多摩湖に直接ダイブしたくない
僕は泳げないし、そもそも、ダムは深く、泳いで安全なわけがない
小河内ダム(奥多摩湖)の貯水容量は 1854 億立方メートルで、東京都に 30日分の水を給水できる。
小河内ダムが決壊した場合、多摩川流域に広範囲にわたって浸水被害が発生する。
■東京都水道局の試算
範囲:東京23区のうち11区、東京・神奈川の18市区
浸水面積:約130平方km
最大で約100万人の避難が必要
奥多摩湖は水道専用湖のため、湖面は開放されていない
だから、日本じゅうの湖の名物である「スワンボート」でデートすることはできないし、あらゆる水辺のスポーツは禁止されている
つい30分ほど前、誤ってこの路に踏み入っていたからこそ、あそこに戻れば、元の場所(小河内ダム堤防道路)に戻れると確信することができた
こういうのをなんというのか
不幸中の幸い?
ひょうたんから駒?
いや、災い転じて福と成す
たぶん、これだ
ついに、金網の際までわずかというところで、この日最も急角度で落ちた
金網の際まであと2mというところで、足を踏ん張って体を止めた時、パックのポケットからOS-1のペットボトルが吹っ飛んだ
ほんの一瞬、それをどうしようと考えたが、遭難者の手記に「水が少なくなって心許なかった」とあったのを思い出し、すぐに拾った
もう、終点は見えているが、それでも、山では大切な飲料水だ
この金網を超えれば、僕は無事戻って来たことになる
この金網が「ひし形金網」という名前なのは、NHK連続テレビ小説「舞いあがれ!」で知った。
ドラマの舞台である東大阪が、ひし形金網の一大生産地であること、需要拡大のためにビルの外壁やアクセサリーなどを展開していることを福原遥が紹介していた。
ひし形金網が小学校の頃、近所のグラウンドにも張り巡らされていた。
僕らは少しでも早く野球を始めたくて、金網に足を掛けて乗り越えた。
金網によじ登り、乗り越えようかと考えた
だが、金網は僕の背よりも高い
そして、その金網はヒト1人分の高さの「崖」に設えてある
乗り越えたとしても、飛び降りるには高すぎるし、そもそも、金網を登る体力が失われていた
この時、ほとんど肩に力が入らなくなっていて、脳に対して「無理だよ」と信号が届いた
どこかに、降りられる場所はないか、あたりを見渡す
金網が途絶えている左端に、地面がむき出しの崖があった
高さにして、2mから3mほどか
金網越しに飛び降りるか、崖を滑るかの二者択一
ここまでなんとか"滑ってきた"経験を元に、ここは滑る方を選択
泥がむき出しになった崖は、途中に掴める所はなく、意図的に滑るしかない
帰還までのあとラストワンマイル。そこは覚悟を決めた
体の力を抜き、それでも不測の事態に備えて、体に力を残す
頼りなく柔らかい洗濯物を小脇に抱え、重たい掃出し窓のサッシを閉める時のような、難儀な気分だ
途中につかめるものもなく、滑り降りる中、懐かしい「地面」が近づいてきた時、最後のひと滑りで左手首を切った
ここまで、出血するような怪我なく、降りてきたのに・・・
地面が見えていたので油断があったか
それでも、遊歩道(奥多摩湖いこいの路)に両足が着いた
「助かった」
助からないとは想っていなかったので、それは正確ではない
「着いた」
それ以外、なにも考えていない。僕は安全な場所に戻ってきた
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