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2023年8月18日 (金)

織田信長を初めて祀った天童の建勲神社

初めての山形県 鳥中華、山形戦、米沢牛の旅

天童駅の駅員さんに PASMOに入っている「福島→天童」間の新幹線eチケットを有効化してもらい改札をくぐる。
駅舎の階段を降りて、将棋の駒をモチーフにした三角のデザインが取り入れられた駅舎を振り返る。
駅舎の一階には天童市将棋資料館が入っていた。旅の栞には【B】将棋むら天童タワー見学を入れていたが、そこは駅から遠い。ここと入れ替えよう。

【B】将棋むら天童タワー
将棋駒生産日本一の天童市に因む将棋がテーマの観光施設
住所:天童市久野本1273-2


駅から徒歩5分の今日の宿に立ち寄る。チェックインは15:00からだが、予めお願いしておいた「旅の荷物」を預かってもらう。
ウエストポーチに最低限の装備を入れて、最初の目的地建勲神社へ。

12:23
駅前のホテルを出て徒歩7分で、建勲神社の参道が見えてきた。
天童に降りたってから、ずっと感じていたのだが、町が静かだ。
クルマは走っているが、通行人とはまだすれ違っていないと想う。
30度を超える猛暑のため、誰もが家にこもり息を潜めている姿を思い浮かべる。

一礼して大鳥居をくぐると、右手に「山形県青年の家」と書かれた建物。
僕もかつて日本の何処かでお世話になったのかもしれない。
換気のために窓が開放されていて、ひと気が無い。

■青年の家
青年に対して団体宿泊訓練の機会をあたえることを目的とする施設。1955年頃から設けられ、国立青年の家のほか、全国に公立のものがある。
(広辞苑第七版より)

しばらく行くと長い階段。両脇に織田信長の幟が並ぶ
本殿には、僕以外に人影は無い

建勲神社は、織田信長を初めて祀った神社
境内には「天童織田藩織田氏宗家の系図」「建勲神社の由緒」「建勲神社と天童織田家」といった織田家との縁を説いた看板が並ぶ
ご神木のふもとには、国歌君が代を刻んださざれ石が祀られている

■建勲神社【たけいさお じんじゃ】
祭神:織田信長
住所:天童市天童字城山1043
天童駅から徒歩15分

【建勲神社の歴史】
1869年
織田信長を祀るため、建織田社 として創建
1870年10月(明治3年)
明治天皇の勅命を受け天童城に創立 建勲社に改称
1884年9月
現在地に移る 建勲神社に改称
2020年10月
神社創建150年祭

ご神木が木陰を作り、かんかん照りから参拝者を逃れさせてくれる。だが、いつまでもここにいるわけにもいかない。
境内左奥にある授与所には神職がいたようだったが、おみくじを買うつもりもないので立ち寄らなかった。


12:35
予めカレンダーアプリに記述しておいた住所をタップして、MAPアプリを頼りに次の目的地「水車生そば」に向けて歩き始める。
結局、今回の旅では一度も「印刷した地図」は見なかった。
先日、奥多摩の山中で道迷いした経験から、転ばぬ先の杖として印刷してきたのだが、もう次からは紙出しはしないでよさそうだ。それが人里の旅ならば。

「水車生そば」に向けて交差点を右折する時、前方に見慣れた看板をみつけた。
札幌に本社を置き東日本を中心に展開する「ツルハドラッグ」だ。
暑くてやばいので、給水を買いに行く。OS-1のジェル、目の疲れを緩和するキューピーコーワiドリンク。疲れたなと言う時に、いつもの銘柄が手に入る店はありがたい。コンビニとドラッグストアの皆さんのおかげで、僕らは健康で便利な生活を送ることができる。

これから行く「水車生そば」は、お昼時は混むので13時以降がよいとガイドブックに書かれていた。大手版元から年次刊行されているガイドブックに混雑時間が書かれているのは珍しい。
ツルハのおかげで、ほどよい休息をとり、時間を稼ぐことができた。
キューピーコーワiドリンクを最後の一滴まで大切に飲み、態勢を整えツルハ天童東本町店を後にした。

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