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2024年10月 5日 (土)

長崎スタジアムシティができるまでの振り返り【2017年~2018年】

ピース旅日記【1話】
 
いよいよピース旅
旅のお話を始める前に、旅の発端から今日までの7年余をおさらいしておきたい。
 
 
<2017年>
2017年4月
三菱重工が幸町工場の跡地活用として「住む」「働く」「楽しむ」をコンセプトに事業計画を公募する「幸町工場跡地活用事業 募集要綱」が発表された
 
■三菱重工幸町工場跡地(立地)
三菱日立パワーシステムズ長崎工場幸町地区一帯
面積:7ha
住所:長崎県長崎市幸町6-12
JR長崎駅と浦上駅の中間
長崎駅から970m、徒歩12分
 
 
その8ヶ月後、僕は長崎新聞(WEB版)の記事に目を留めた。
"応募が予想される事業者"の1つに、あの企業があったからだ。
 
2017年12月
応募事業者を長崎新聞が報じた
・JR九州
・イズミ(広島市)ゆめタウン夢彩都(長崎市元船町)など大型商業施設を展開
・大和ハウス工業(大阪市)
・V・ファーレン長崎
 
今からおよそ7年前のこと。
読賣新聞朝刊の見出しに「長崎J1(昇格)」を見て「来年から応援しよう」と想っていた僕は、それほど実感が沸かなかった。
それでも地元長崎(僕は佐世保だけど)の大転換は予感できた。
その日から「三菱重工幸町工場 跡地」のキーワードを「Google先生」にお願いしてニュース・チェックする日々が始まった。
 
 
<2018年>
2018年2月16日
「三菱重工長崎造船所幸町工場跡地利用事業」の公募締切
 
2018年2月22日
V・ファーレン長崎 髙田明社長が「スタジアム建設案」で応募したこと 「新スタジアム建設案」を公表
*ゼイワン初戦(対湘南)の2日前だった
 
2018年3月12日
長崎商工会議所と長崎経済同友会、長崎市商店街連合会の代表が田上 長崎市長を訪ね「Vファーレン長崎のサッカースタジアム建設」を要望
田上市長 「今後、三菱重工との協議の場で意向を伝えたい」 
長崎商工会議所 宮脇雅俊会頭 「大型商業施設ができると、大変影響が大きすぎる。サッカースタジアムができれば、一石二鳥も三鳥の経済効果がある」
 
2018年4月15日
長崎新聞が候補選定について「ジャパネットが有力」と報じる
 
2018年4月17日
長崎新聞が「ジャパネット選定へ」と報じる
 
2018年4月19日
JR九州青柳俊彦社長がJR長崎線の高架下スペースを、スタジアム用の駐車場にするなどのプランをジャパネットへ提案し協力する意向を示す
 
2018年4月20日
中村法道 長崎県知事が「ホームスタジアムは1カ所だけというわけでもない」として、トランスコスモススタジアム長崎がある諫早市への配慮を示唆
 
2018年4月26日
跡地利用の検討結果公表
ジャパネットHDが優先交渉権を獲得
優先交渉権を得たジャパネットHDが活用計画発表。サッカー専用スタジアムは23,000人収容とした
 
 
この知らせを1年間待っていた^^)
2013年にロゲ会長が「トッキョ」と言って「東京2020」が決まった日以来、久しぶりに心躍った。
東京2020の時「五輪決まりましたね」は当時、同僚や知人との挨拶代わりになったが「幸町決まりましたね」の喜びを共有できる人は1人も居なかった。
(この時点では)平塚でJ1初戦を観戦しただけで、V・ファーレンでつながる知人は全くいなかったのだ。
 
2018年10月31日
三菱重工業とジャパネットHDが幸町工場跡地の不動産売買契約を締結
 
つづく


ハピアリ・ピースタこけら落としに参戦するピース旅日記
(もくじ)

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