気になるが気になる、いや気にならない 「気になる」禁止法を施行したい
キャスター
「ゲストの佐藤さん、どのニュースが気になりますか?」
佐藤さん
「そうですねぇ・・中東情勢でしょうか」
キャスター
「確かに。ホルムズ海峡が封鎖されたら、大打撃ですね」
佐藤さん
「そうそう、困りますよねぇ」
このやりとりで、ゲストの佐藤さんは"なにも言っていない"
言葉は発しているが、なんの見識も述べていない
ただ、驚いて感想を言っているだけだ。
「テレビって、そんなんでいいんですか」
僕は画面につっこむ。
認可された電波に乗せて、報酬をもらい登場した人が「驚いたり」「感想を言ったり」して、それで終わり
これが日本のニュースショーではありきたりの光景。
ディスプレイにいくつかのニュースがお品書きとして映し出されて、ゲストはそれに驚く、あるいは突っ込む
僕はみていて、なんの勉強にもならない。
「気になる」が気になるようになったのは、今から20年ほど前、SEをやっていた時のこと。
数時間の要件定義の会議の終盤、いよいよクライアント(予算権をもつユーザー部門の責任者)に「どうですか?スズキさん」と僕が話しを振ると・・
スズキさん「うーん、費用対効果が気になるねぇ」
いや、その費用とか効果とかを数時間にわたり分析してきたんじゃないか。
あなたはなにを考えていたのか。
それでもって「費用対効果が気になる」
費用対効果を考量できるのは、実際にこれから「効果」を実感するあなた以外にいないじゃないか。
それを他人事のように「気になる」で済ませていいわけがない。
自分が「決断する」責任から逃げるのは、サラリーマンの十八番だから珍しくない。
せめて、もうちょっと「なにか言っているようでなにも言っていない」くらいの屁理屈を言えばいいのに・・
それ以来、僕は「気になる」をNGワードと自らに課した。
僕がこの国の「独裁者」だったら、「気になる禁止法」を施行したい。
ただ、この「気になる」は油断すると、つい言いたくなる。
便利なのだ。そして用途が幅広い。
これさえ言っておけば、感情の起伏を置き去りに、こころの深層を探る面倒を省くことができる。
要は「使いやすい」「使い勝手がいい」言葉だ。
テレビで、身近な会話で「**が気になる」と言うのが気になる
いや、気にならない^^;)
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