翁長聖が帰ってきた
「たまるか~」
僕が高知県人だったら、そう言ったかも知れない。
長崎に翁長聖が帰ってきた
辛いニュースが多いなか、その知らせはじんわりとココロを温めた。
僕がV・ファーレン長崎の応援を始めた2018年
選手の名前もヴィヴィくんの名前も知らなかった僕が最初に名前を覚えたのはチェ・キュベックだったが、その次にプレーで覚えたのが翁長聖と飯尾竜太朗。
基本的にボールを相手に持たれ「堅守速攻」と言えばキレイだが、要は試合の大半を劣勢で過ごすなか、右の飯尾、左の翁長がタッチライン沿いを駆け上がると、長崎攻撃の合図。
J1では発表されるスプリント回数で、群を抜く翁長の虜になった僕は2019シーズンはユニフォームに「28」のマーキングを入れたのだが、そのシーズンオフに翁長は居なくなってしまった。
■翁長聖の略歴
1995年2月23日(令和天皇と同じ月日)
兵庫県生まれ
2013年
帝京第三高卒業 中央大学入学
2017年
V・ファーレン長崎入団(このシーズンはJ2)1年め 背番号28 38試合4得点 イエローカード3
長崎のJ1昇格にレギュラーとして貢献
2018年
J1で戦う。左サイドでレギュラー出場 背番号28
7月27日、味スタで勝利したFC東京戦後(BS NHKの)単独インタビューに呼ばれ、シュートを外したシーンをつっこまれた
このシーンは今も映像で覚えている
どうやったら、それをゴールの外に蹴れるのかわからないようなプレーだった
「2度めの長崎」では「ゴールもとれる男」になってほしい
10月6日、29節終了時点、29試合2得点(4節札幌、8節ガンバ大阪)イエローカード0
11月4日、31節サガン鳥栖戦 今期初イエローカード
2019年
1月10日、日本人選手最後に契約更新が発表された
twitter(当時)には感激のコメントが並び、なんだみんな翁長好きだったんじゃんと想ったものだ
ところが、新監督テグさんは翁長聖をカップ戦要員とした
開幕から4節まではフル出場したものの、その後フル出場は5試合のみ(15,18,22,35,36節)
38節以降5試合はベンチ外となった
12月に長崎は「元旦、オリスタ、決勝」を賭けて鹿島との天皇杯準決勝に臨むのだが、翁長聖はベンチ外
鹿島のゴール裏で配り物をしていた時、しましまさんが来て「翁長入ってない」と教えてくれた。「移籍なのかな」と話した時、準決勝を前に僕のテンションは下がってしまったのを覚えている。
12月26日、大宮アルディージャ(当時高木琢也監督)への完全移籍が発表された
2020年
大宮アルディージャ(2シーズン在籍)
*高木監督はこのシーズンを最後に退任
2022年
FC町田ゼルビア1年め(2シーズン在籍)背番号22
2023年
町田のJ1昇格にレギュラーとして貢献
2024年
東京ヴェルディ(1年半在籍)背番号22 自身2度めのJ1プレーヤーとなった
2025年7月
V・ファーレン長崎へ完全移籍 背番号50
「1度めの長崎」で、どの試合だったかは忘れたが、長崎がゴールを決めて歓喜の輪ができるなか、翁長はセンターサークルに入り時間を作っていた。
その冷静さと献身性が翁長の魅力だ。
「2度めの長崎」初戦はフル出場。
「スプリント回数」と「走行距離」はとんでもない数字になっていると想う。
左タッチラインで待つ翁長にボールが渡ると、それが長崎攻撃のサイン。ワクワクした。
長崎はもはや「堅守速攻」だけではない。
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