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2025年8月 7日 (木)

手術を終えた夜 最大の緊張イベント

痛みはないですか?
気分悪くないですか?

百道さんの後について、元の控え室に戻ると、百道さんは優しく声を掛けてくれた
僕はハキハキと応えるほど元気ではなく「はぁ」というのに近い生返事を繰り返す
「なにを食べてもいいですからねっ!」
百道さんが元気よく言う。なんでもってステーキとか辛いものとかスナック菓子とか・・どういった意味合いだろうと想ったが、それを口に出す元気はない

ここで手術代とレンズ代の支払
レンズ代のクレジット決済がセンター照会で不正と判断されないかドキドキしたが、無事、カタカタと音を立てて感熱プリンターがレシートを吐きだした
こんな大金をカードで払うのは初めてだ、恐らく


手術後から使用する目薬3種についての説明
朝|昼|夕|寝る前
それぞれに点す目薬の一覧表。これはとてもわかりやすく、いつも目の前に貼っておいた

明日の検査について説明があり、しばらくすると「もう帰っていいですよ的な」雰囲気になる
まだ、そんなに時間経ってないって思うんだけど
手術後はもっと時間をかけて休むのかと想っていた。
時間にして15分くらいだろうか。

タクシーを呼んでもらう前に、処方箋を持って薬局へ
これはかなり難しかった
なにせ右眼に眼帯、左眼は強度近視なのでよく見えない
門前薬局までわずかな距離の往復を、今年1番の気合いで臨んだ

薬局から戻りタクシーを呼んでもらう
「Go」と大きく脇腹に書かれたタクシーのスライドドアは、こういう時とても乗りやすくて助かる。まぁこんな時じゃなくても助かるのだが

予め用意しておいた自宅住所の紙を運転手さんに渡す
運転手さん、それをナビに打ち込む
といっても結局は、僕がほとんど「その信号を右折で」とナビをした
ナビの道が狭そうで運転手さんが難色を示したことと、僕が
誰かと話すと気が紛れるからだ


家に着いて間もなく、藤岡先生から電話がかかり「痛みとかないですか ?調子はどうですか」って聞いてくれて、それはとてもありがたかった。
「お疲れ様です」とも言ってもらった。
僕はただ寝転がっていただけだが、笑気麻酔もなく緊張の極限だったので確かに疲れた。それを労ってくれて嬉しかった。

先生こそお疲れ様です。といった気の利いた返しができるほど、まだ平常の元気は戻ってこなかった


手術2時間後
右眼がかーっとしている感じ、おさまってきたかな

手術4時間後
姉と電話で話す
通話で声を出す時、眼球が動いて違和感がある
左眼でスマホを見ている時(眼帯をしている)右眼も連動して眼球が動くので、あまり観ていられない
スマホの生体認証が片眼でもできたのはちょっと驚いた

手術6時間後
左眼でスマホを見ると、右眼の眼球が動いて違和感があったけれど、それが収まってきた

手術10時間後
「観る作業」がなにもできないので、Netflixで「監獄のお姫さま」を1時間「聴いた」
4回めだから、観なくても大体の映像は想像がつく。ただ、映像を想い浮かべる分けっこう脳が疲れた(この試みはこの時限りでやめた)

就寝
眼帯をつけているためメオガードが付けられない
ある意味、とても心配な就寝
目覚めた時に状態がわかるよう常夜灯をつけておく
エアコン 29度 除湿 COOLOOPを首に巻き
「どうか無事に寝られますように」
と祈り、気合いの就寝
寝る時は、ふつう力を抜くものだが、こんなに気合いを入れたのは初めてかも知れない

夜中のうちに何度か目が覚めた
その都度、眼帯は大丈夫かなとそっと確認
問題なく、そこにある

目覚まし時計が鳴るよりずいぶん前
無事に朝を迎えた
嬉しい、助かる、ベリー安堵
この一夜のイベントはけっこう心配していたから

「motoの白内障手術日記」 多焦点レンズ体験談

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