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2025年9月18日 (木)

僕のふるさと佐世保で元春は佐世保を連呼してくれた

(ほんの少しネタバレあり)

ライブから2週間が過ぎた。
え、まだ2週間なの
もう4ヶ月前くらいの出来事のように想っていた

細部の記憶がなくなる前に、心に残っていることだけを書き留めておこう。

ロビーにはV・ファーレン長崎の選手たちが寄せ書きサインしたユニフォームが未だ飾ってあった。確かシーズン前に寄贈されたものだったと想う。僕はこれが8月まで飾ってあるといいなと想っていた。僕は「あったあった」と喜んだけど、周りでこれを喜んでいる人は1人も居なかった。

ホールのイメージは予想していたとおり。幅の広さ、照明の暗さなど
前から5列だとスピーカーは目の前
ホールコンサートが初めてという親友には
「もしかして、スピーカー近いからちょっとうるさいかも知れん」
とは言っておいたが、実際始まってみるとこれが全然うるさくない。
PAエンジニアがこのホールの残響にぴたりとチューニングして、いい音を見つけたのだろう。
なんだか、呆気ないくらいにふつーにいい音だった。

ただ元春が(特に前半)左耳を押さえていたのは、モニターの調子が悪かったのだろう。とてもストレスを抱えて唄ったいる様子だった。


元春がステージに登場して第一声になんというか、僕は注目していた。
「きたばい」
とは言ってくれなかったけれど「佐世保」という地名をたくさん言ってくれた。
終演までのあいだに5回くらいだったろうか

いつも参戦するのは東京のライブなので「東京の皆さん!」といった呼びかけはない
こうした地方都市ではいつも、その地名を連呼するのか、どうなのかわからない。
ふるさと佐世保の名前を何度も呼んでくれて、僕はとても嬉しかった。

途中のMCで元春が暑さについて触れ
「体調崩してない?」
と呼びかけた。親友が「ほらほら言われよるぞ」と言い、僕は「崩してますぅ」と応えた。
まさか元春も翌週に自分が体調を崩すとは想っていなかっただろう。

セトリとしては、ほぼ事前公開されていた「予習セトリ」どおり。
その中からいくつかを抜いたもの
足されていたものも1曲あった
あれ?って想ったのは、アンコールでやると想ってた「悲しきRADIO」を早めに演ったこと
これは「アンコールは1回」という段取りの布石だったのか

「アップテンポな曲が多かったね」とは姉の感想
確かにそう。元春が「座って」と促したのは1曲だけ。スローバラードは数えるほどだった。それは、佐世保のような久々に聴く人が多い(であろう)会場では的確なプランだったと想う。他の会場もそうなのかも知れないけれど


アンコールは1度
元春とTHE COYOTE BANDが左袖にはける
アルカスSASEBOに集ったファンから2度目の拍手は始まらなかった
「諦めが早いな」と僕は想った。
時計をみると21時まであとちょっとあった。
もう1度出てきて1曲やれるくらいの時間が
すると、すぐに客電がついた

アルカスSASEBOを出て四ケ町のほうへ歩き始めた時「そういえばセトリの掲示がなかったな」と想い出した。
ただ、それは入場時配布の資料にQRコードがあり、ウェブページで開示されていたのだった。
これは、いい取組。「今、何処」ツアーの時は、セトリ掲示場所の長い列に並ばなければならなかった。今思えばあれはとても効率が悪い。

9月中旬、元春のコロナ罹患で高松、京都の2会場が見送られた(延期)

そういえば、7月11日に追加公演が発表されていたのを想い出した。
その時は「Ⅰツアー1会場」を崩すつもりはなかったが、どうしてもあと1度"地元"で参戦したくなった。
幸いmofaのチケット受付は未発表。
あと1度、70歳になったばかりの元春のツアーFinalで特別な思い出を作りたいと想っている。

佐野元春 日本の西端佐世保のステージに立つ

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