V・ファーレン長崎の軌跡 2018年~2020年
僕がV・ファーレン長崎の応援を始めたのは、2017年11月にJ1昇格を決めた翌日、讀賣新聞のスポーツ欄に「長崎J1」の見出しを見たときからだった。
そこから始まった「J2降格」からの「J1復帰」「J1再昇格」「J1 2度めの昇格」の道のりは次のとおり。
■2018年
【28節】川崎戦以降、最終【34節】まで「7戦勝ちなし」
8勝6分20敗
勝ち点:30(平均0.88)
18位
J1最下位でJ2へ降格 J1は1シーズンのみ
フアンマ デルガド、鈴木武蔵、中村慶太、飯尾竜太朗、中原彰吾らがチームを離れた
翁長聖が残ってくれたことが一筋の希望だった。
僕はこの時、翁長聖に感じた恩をまだ返せていないと想っている。
■2019年
J2へ降格した年は「J1復帰」という言葉が使われる。
「1年で復帰」と意気込む人が多い。
J2を見たことがなかった僕も、まさに「すぐ復帰できるだろう」と考えていた。
そう想わせてくれたのは高木琢也監督に替わり就任した手倉森監督の存在。
■手倉森監督の実績
2008年
ベガルタ仙台監督1年め
2009年
就任2年めでJ2優勝 J1昇格
2012年
J1ベガルタ仙台 2位
2014年-
U-21日本代表監督
2018年
6月、W杯日本代表コーチ
9月1日、小値賀町で開催されたイベントで髙田明しゃちょーと出会う
2019年
V・ファーレン長崎監督1年め
就任時の「ぶっちぎりで優勝する」というコメントを聞いた僕はこう考えた。
「サッカーは選手個々の力よりも、監督の手腕に因るところが大きいのだな」
ただ、前述のように大量に主力が抜けた陣容でトップに立てるほどJ2は甘くなかった。
18勝12分12敗
勝ち点:66(平均1.57)
12位
*最高順位:2位(1節)
■2020年
1節終了後、コロナ禍で4ヶ月中断。そのため過密日程となったシーズン
開幕から9戦負け無し(7勝2分)と走ったものの、9月に「8戦勝ちなし」で停滞。終盤追い上げたものの 2位とは勝ち点2差の3位
(コロナ禍特別ルールでプレーオフなし。J1からの降格もなし)
「J1まであと一歩及ばなかったが、来季こそいける」と想っていた僕は手倉森監督解任の報にびっくらこいた。
この時から「近くにいる人にしかわからないことがある」
なごみに行くこともなく、関東アウェイ戦で試合を応援しているだけの僕は、試合以外のことにはこだわらずに応援しようと考えるようになった。
テグさんの後任は吉田孝行ヘッドコーチが内部昇格
23勝11分8敗
勝ち点:80(平均1.90)
3位
*最高順位:1位
つづく
| 固定リンク | 1



