東京マラソン スポーツボランティアの歴史
人は遠い昔のことは覚えていない。
いや僕はよく覚えている!という人も、実は過去の事実を自分の解釈で再合成したものを覚えていて「これが事実だ」と確信していたりする。
僕の場合、先日の東京マラソンについて振り返った際、記憶の齟齬があった。
・第1回大会(2007年)のボランティアは特に定員が設定されず、思いのほかなり手が集まり、第2回からは抽選になった。
実際に記録を紐解いてみると「定員は1万人」であり、抽選に切り替わったのも2年めではなかった。
日本にスポーツボランティアを根付かせた東京マラソンのボランティアについて、手元の記録から歴史を振り返る。
■東京マラソンスポーツボランティアの歴史
- 2006年10月21日
- 東京マラソン2007ボランティア募集開始
- 定員10,000人
- ランナー当落通知後に募集が始まり、多くの出走落選者が参加した(僕もその一人)
- ボランティア説明会・直前説明会開催
- ランナー・ボランティア受付:東京ドーム
東京ドームで行われた説明会。僕が担当したスタート前荷物預かり(新宿都庁そば)は内野指定席二階で行われた。説明会は時間帯ごと数回に分けて行われた。
活動当日、僕とはちがうキャップをかぶっているサトウさんがいた。僕はグレー地に東京マラソン2007とネームが入ったオリジナルだったが、サトウさんは無地のアシックス帽。
「なぜ違うの?」と尋ねたところ、遅い時間帯には物品が足りなくなり、急遽、汎用品が配られたという。EXPO販売用のキャップ在庫を急遽、振り当てたのだろうか。
サトウさんは僕のキャップを見ながら「それが欲しかったなぁ」と恨めしそうだった。そのキャップはしばらくランニングに使っていたが、今は大切に枕棚に仕舞っている。
第1回大会では定員は設定されていたが【先着】という概念はなく「まさかボランティアに1万人も集まらないよ」と想っていたのだろう。それは僕も同じで、後日届いた感謝状に「12,670」の数字を見た時は、すごいところに立ち会ったなと身が引き締まった。
僕がボランティアに参加した理由は、ランナー応募の落選通知が来たタイミングでボランティアが始まり「お、これをやっておけば、来年当たるかも」と想ったからだ。これは後にランナーやボランティアと話した際、ご同輩が多く見られた。- 2007年9月3日
- 東京マラソン2008ボランティア募集開始
- 定員12,000人【先着】で締切
- 2008年10月1日
- 東京マラソン2009ボランティア募集開始
- 定員13,000人【先着】で締切
第3回を終えた時点でボランティアQ&A
【Q】「ボランティアをしたらランナー抽選で優遇されるか」
【A】「その予定はない」
- 2009年10月5日
- 東京マラソン2010ボランティア募集開始
- 定員13,000人【先着】(5日で達して)締切
- 第1回~3回大会まで、スポーツボランティアの研修や運営に笹川財団が関わっていた。
笹川財団は早くからスポーツボランティア育成に力を入れており、ボランティア団体「JSVN」を組織して人材育成を行った。その活動が東京2020ボランティアを下支えする人材を多く輩出した。
東京マラソンでは第4回大会の2010年大会より、笹川財団がサポートから外れた。これは東京マラソンボランティアの歴史では大きな節目だった。
つづく
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