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2026年4月 7日 (火)

ボケが貸してくれたフィンガー5のカセットテープ

中学生の頃、ボケは僕の友達だった
「45人学級」だった当時、1学年70人の小学校ではクラス学級が違っていたけど、そのまま持ち上がる中学ではクラスメートになった。
入った部活が同じだったし家も近所だったので、一緒に下校するうちに互いの家に遊びに行く仲良しになった。

ボケは彼のあだ名
10人の写真を並べて「この中からボケと呼ばれている人を指さして」と言われたら、誰もが一斉に彼を指しただろう。
あくまで第一印象だが

ボケの花は美しいけれど「ボケ老人」という言葉があるように、ボケを呼び名に関するのはどうなのだろう

そう想っていた僕はある日、ボケの家に遊びに行きフィンガー5のカセットを聴いている時、彼に尋ねた
「ボケはみんなからボケって呼ばれよっばってん、平気かと?」
ボケはいつものように淡々と答えた
「あんま気持ちよかもんじゃなかけど、皆がそう呼ぶけんそのままにしとぉ」

僕もひとのことは言えないが、ボケは友達が多いほうではなかった
こうして、近所で仲良くしている数少ない友達の僕までもが「この呼び方はどうなのか」と想っていながら、とぼけてボケと呼びつづけるのは、どうなのか
ボケにそう考えている人もいると伝えたくなった僕はこう提案した
「今度からボケと呼ぶとはやめるよ。名前がたいせいやけん たい君 たい君って呼ぶよ。どげ?」
ボケはニコリともせず、面倒くさそうに答えた
「あぁ、よかよ」

そう言って彼は僕にフィンガー5のカセットを貸してくれた。
彼も僕と同様、ラジカセをこよなく愛していた。彼のマシンはSONYの中堅機だったと想う。
ラジカセ生活再開


当時「音楽カセット」はとても珍しいものだった。
レコード店の棚には必ず並んでいたが誰かが買っているところを見たことがなかったし、個人家庭で見ることはまずない。
LPレコードならばカセットに録音して聴けば盤面の劣化を防げるが、カセットは替えがきかない(当時まだWカセットはなかった)
値段もLPレコードと同じだし。

僕はFMでエアチェックした曲をカセットで聴いていたし、音楽カセットを買ってもらうという体験は滅多にないことだった。
(僕は生涯で1度だけ)

ラジカセの趣味、フィンガー5 変わり者の僕には珍しく気が合う友達だったが、いつしか疎遠になった。
やがて、僕は転校し、彼との音信はそこで途絶えた


数年前、40年ぶりにその町を訪れた
僕は彼の家を訪ねてみた
数少ない旧友を掘り起こせるかという希望を込めて

僕が住んでいたアパートは色を塗り替えて今もそこに建っていたが、級友や後輩たちの家はどこも廃墟となっており、消息を追うべくもなかった。
10分ほど歩いてボケの家があったと想われるあたりに行ったが、そこに家らしきものはなかった。
野原が広がっているというわけでもない。荒れ地のなかに廃木が朽ち落ち、それを長い間、太陽が焼いて、雨が濡らし、潮風がサビさせた

今、記憶のなかで映像を結ぼうとしたが、結べない
一眼レフカメラとスマホを持っていたが、写真は残っていない
誰かが見ていて撮影を咎める訳でもないけれど、カメラを向けるのが忍びない
そんな気持ちだったのだろう。

先日のマラソン大会 爆音で鳴っていたBGM、甲子園アルプス席の応援歌、2026年の今もスポーツ大会ではフィンガー5が流れている。
スポーツマンの動機づけを上げる要素がフィンガー5にあるのなら、科学的に解明してほしい。

僕はフィンガー5が流れると、ボケを想い出す。テンションは上がらない

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